11月16日の福岡サンパレスでのコンサートで「氷川きよしコンサートツアー2010」の65日130公演がすべて終了しました。
氷川きよし様、スタッフの皆さま、そしてきよしさんを応援されていらっしゃる皆さま、本当にお疲れ様でした。
夜の部に参加させていただきました。
旅先からで持参したミニPCを使っていますので簡単ではありますがご報告させていただきたいと思います。
私は16日の朝、羽田を出て福岡に入ったのですが、JALのエンターテインメントの”日本の歌”にきよしさんの「虹色のバイヨン」が入っていて、ガイド誌にはジャケット写真が印刷されていました。ちょうど「虹色のバイヨン」が流れている時でした。富士山の神々しい姿が見えたのです。何だかその雄姿ときよしさんが重なり、偶然とは私には思えなかったのです。
福岡に着いてからは、太宰府天満宮へ行き、その後、平尾レコードさんにも寄ることができたのです。
今年のお正月にきよしさんが新幹線に乗って帰省され、その折に平尾レコードさんに立ち寄られて、おじさんに挨拶をされ、色紙を書かれたということは友人から教えていただいていたのですが、今回訪れてみて驚きました。
このポスターを見てください。これは入り口横の外壁に貼られていて、道行く人が、見ることができるのです。

以下は全体図です。

そして入り口横のパネルにもきよしさんのサインとメッセージが書かれていました。
きよしさんのお声が聞こえてきそうな、あたたかな筆致だと感じました。

玄関のガラス戸には平尾レコードさんお手製の「虹色のバイヨン」の紹介がありました。
素敵ですね。

ちなみにパネルのサイン部分の拡大です

そして同じ日付の色紙は店内に飾られていました(その画像はありません。ごめんなさい)。
優しく気さくなきよしさんの心に触れ、嬉しく幸せな気持ちになったのでした。

この画像は16日午後5時15分頃の福岡サンパレスです。
私はホテルにいったん戻り、福岡サンパレスには5時15分頃に着きましたので、あわただしく席に着きました。
オープニングの「虹色のバイヨン」を聴いていたら、2010年のさまざまな出来事や思い出が去来して、きよしさんは晴れやかに堂々と歌っていらっしゃるというのに、私はわれ知らず涙がこぼれてしまったのでした。
そして私なりにふと何だかいろいろなことを考えたのです。
もし、きよしさんに出会っていなかったら私は今日、どこにいたでしょう? 福岡に来たのは今回で三度目になりますが、これまでもきっと福岡に来ること、ましてや福岡サンパレスに来て座席に座ることなどなかったのではないでしょうか。
そう思うと、きよしさんとの出会いがどれほど私の人生に大きな影響を与えてくださっているのかを思い、縁の不思議さ、そしてありがたさを思わずにはいられなかったのです。
きよしさんは朝、博多の町を走ったそうです。そしてご自身が生まれた渡辺通りにあるM産婦人科の前を通った時には、両親に自分を産んでくれてありがとうという気持ちにあらためてなったとお話しされていました。
博多で暮らした18年間、嬉しいこと、悲しいことはどれくらいあったのかなあと考えてもみたのだそうです。そしてコンプレックスを抱いて東京に出てがんばって、そのコンプレックスを克服できた自分が今、ここにいると、そう感じることができたのだそうです。
この日は森川つくしさんを紹介するコーナーでも、今年最後ということで、きよしさんの飾らないあたたかな言葉につくしさんはもちろんですが、聞いているこちらももらい泣きしまったのです。
「つくしちゃんには今年のツアーの途中から加わってもらったけれども、若いからプレッシャーもあったと思うんですよ。でもよくがんばったね。見る人は見ていてくれるし、心ある人はわかってくれているからね」
と、きよしさん、おっしゃったのです。
つくしさんが、きよしさんのそんなあたたかな言葉に涙ぐまれると、
「まだ泣いちゃだめ、これから歌うんだから」
笑顔で、きよしさんはそうおっしゃったのでした。
きよしさんはいつも笑顔で”つくしちゃんをよろしく!”、”お願いしときます”と紹介されておられましたが、何でもよくおわかりだったのかなあと感じました。そしてまた、自身が苦労をしていなければとても出てこない言葉でもありますね。あたたかくて強くしなやかなきよしさんに感動してしまいました。
そして「演歌名曲コレクション・リクエストコーナー」の最後を飾ったのは「玄海船歌」でした。この曲を聴く度にきよしさんがどれほど故郷を愛していらっしゃるのかを痛いほどに感じるのです。
きよしさんの愛する故郷で聴く「玄海船歌」は、深く心にしみこんでいきました。
今回のコンサートで、きよしさんが、
「心って伝わっていると思うんですよね。話すことができればもっと伝わるのかもしれませんが、でも話さなくても、たとえば皆さんが僕を見て、歌を聴いてくださって、ああ今は大変なのかな? とか辛いのかな? って僕の心を感じてくださることってあると思うんです。そんなふうにやっぱり心って伝わると思うんですよ」
そんなことをおっしゃっていました。
さらに、「僕と皆さんは歌を通してひとつになって、同じ時間を過ごすことができると思うんです」
ともおっしゃていました。
「玄海船歌」を歌う前に「きらめきのサンバ」のかけ声の練習をしたのですが、その時に、
「今日で今年のツアーが終わりだと思うと、どうしてなんだろう? さびしい…、さびしい気持ちになってしまって(絶句)。何でですかね」
とおっしゃり、
「きらめきのサンバ」を歌う際には
「この笛を吹くのも最後なんですね」
としんみりされてさびし気な様子で、明るく楽しく歌ってくださってはいますが、きよしさんの瞳が潤んでいるのではと感じました。
質問コーナーで”今年1年を漢字一文字で表すと?”
という問いに
「心です」
と答えておられました。
また”家族で思い出の曲はありますか?”
との問いには、中学2年生の頃、家族でカラオケに行くと、お父様がよく「黒い花びら」を歌われていて、とても印象的だったそうです。それがのちにその歌を歌われていた水原弘さんの事務所に入ることになって不思議なご縁を感じられたようです。会場からのリクエストに応えてくださって、「黒い花びら」をア・カペラで歌ってくださいました。
そして「浪曲一代」まで、見事に歌いきられたのでした。
きよしさんの歌声に、ああ、そうだ。私はきよしさんの歌声を聴いて、信じることの大切さを教えられてきたなあと思ったのです。
道を見失いそうになったり、何も信じれなくなりそうなほど心が疲れてしまった時も、きよしさんの歌声が灯りとなり、暗闇を照らしてくださったのです。どんな慰めや励ましの言葉よりも、私の心の奥深いところに、いつもいつもきよしさんの歌声、心が届いたのです。
きよしさんの熱唱を聴いていたら、さまざまな思い出がよみがえってきたのでした。
そしてアンコールで「かあさん日和」を歌われていた時、2番の途中、「♪母さん、来たいと 言っていた」の”母さん”のところで、きよしさんは泣けてきて、声が涙声になってしまいました。何度も歌えなくなりそうになりながら、声を振り絞るようにして、笑顔で最後まで歌ってくださったのでした。
そんなきよしさんと一緒に、私も涙がぼろぼろととめどなくほおを伝っていったのです。
そして「きよしのズンドコ節」での、ぐっと涙をこらえての熱唱は力強く、まさに”氷川きよし、ここにあり!”と思わせるものでした。
ラストは「虹色のバイヨン」をエネルギッシュに歌い上げて、2010年コンサートツアーは幕を閉じたのでした。
きよしさん、この日もコンサートの主役はお客様とおっしゃり、西寄さん、演奏の皆さん、スタッフの皆さんを労った後、きよしさんご自身が私たちに拍手をしてくださったのでした。
マイクを近づけてくださったので、きよしさんの拍手の音が聞こえてきました。きよしさんに拍手をしていただけるなんて、もったいないような気持ちでしたが、なんともいえず嬉しくなってしまいました。
あの拍手は全国のファンの皆さんへのものですので、ぜひここでお伝えしたいと思いました。
以上駆け足ですが、ご報告させていただきました。
日本有線大賞、ベストヒット歌謡祭、FNS歌謡祭のことなど、お伝えしたいことがまだありますので、また明日あらためて記事を書きますね。
少し画像が暗いですが、終演後の福岡サンパレスです。
