8月にRさんのお母さまが旅立たれました。お母さまはきよしさんのデビュー当時からの大変なファンでいらっしゃったそうです。
Rさんのことは今年3月の長崎市公会堂での記事に書かせていただきました。私がこのブログを書き始めた頃から、いらして下さり、奥ゆかしい方でシークレットでメッセージをずっと下さっていました。
よく私に「あなたの記事には自慢がない」とほめて下さり、私としては自慢も入っているつもりだったので、どういう意味合いなのかなあ? でもそんなふうに受け止めてくださるのなら、今の方向で書いていけば大丈夫なのかなあとずいぶん心強く感じたのです。
お母さまが真っ先にきよしさんのファンになりRさんはお母さまの影響できよしさんのファンになられたそうで、きよしさんと楽しい思い出をたくさんお持ちです。体調をくずされてからは、きよしさんのコンサートに行くこともかなわなくなってしまったそうです。Rさんはそれでもせめてもう一度だけ、きよしさんのコンサートに連れて行ってあげられたらという希望を抱いて、お母さまの看病をされていました。
私はRさんのお母さまにはお目にかかったことはないのですが、長崎での出来事以来、Rさんやお母さまとは何度も同じ空間で過ごしたことがあったことを知りました。
お母さまとお会いすることはかなわなくなりましたが、Rさんのお母さまを偲んで、素晴らしい時間をきよしさんと共に一緒にすごした、ある場所のある時間へと時計を戻してみたいと思います。
お見せしたい画像があるので、何回かに分けて記事を書いていく予定です。
さあ、Rさん、そして皆さま、今宵タイムマシンに乗って今はなきあの場所へと参りましょう!
さあ時計の針がどんどん反対にまわっていきます。
2010、2009、2008、2007、2006、2005、2004、2003、そして2002年!
時は2002年12月24日。場所は大阪は難波の新歌舞伎座です。
きよしさんはこの年、初のコンサートツアーで全国を回り、東京国際フォーラムで「きよしこの夜Vol.2」を終えた後、新歌舞伎座で12月24日と25日に一日2回公演、計4公演を行なうことになり、事実上のツアーファイナルとなったのでした。
 
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私はきよしさんに出会うまでは、コンサートや舞台を観るために遠出をするなんて考えてみたことがありませんでした。東京に暮らしていれば、必ず東京公演がありますので、1演目は1回か2回見れば満足でしたので、その必要がなかったのです。
そんな私がきよしさんのファンになって以来、もっと聴きたい、もっと会いたいと思うようになりました。
逆に今では信じられませんが、この年は都内であっても23区以外の立川や八王子には、遠くてとても行かれないと思っていました(笑)。
この時のチケットはファンクラブでは扱わなかったですし、大阪にも一度しか行ったことがありませんでしたので、うーん、どうしよう?と躊躇しているうちに発売日になってしまい”もしチケットが取れたら行ってもOK”と自分で勝手にGOサインを出しました。
チケットはイープラスでも扱っていたので、PCでトライしたところ、25日の最終公演が簡単に取れてしまいました。座席はその時点では不明でチケット到着をお待ち下さいということでしたので、行くことに満足してお席はまったく期待していなかったのです。ところがいざチケットが届いてみると、1階1列5番でした。その券面を見て、”
これはやっぱり大阪に行ってもいいんだよ!”とその後に及んでもまだコンサートのために遠征するなんてどうなの? と冷ややかに自分を見ているもう一人の自分に言い訳していたような気がします。
その席は歌舞伎をご覧になる方にはどぶ席といえばわかりやすいでしょうか? 花道の真横の席だったのです。
「氷川きよし コンサート2002 ~きよしこの夜 in 新歌舞伎座~」
この日の感激、感動は忘れることはできません。
一緒になってこれ以上ないほどに人目も気にせず大泣きした私は、もしかしたらこの日からきよしさんの本当のファンになれたのかもしれません。
私は25日の夜のみの参加でしたが、Rさんとお母さまは他の公演もご覧になり、25日夜の部もご覧になられたのだそうです。ということはまさにあの空間でご一緒していたのでした。
 
 
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この時のコンサートの様子は、最後の記事であらためて書きますが、のちにKさんと出会い、お友達になってから、たまたまこのコンサートの話になると、「今年の主役にアポなし 直撃ワイドスペシャル2002 愛される氷川きよしの魅力とは?」という番組があったことを教えていただき、ビデオを貸してくださったのです。
当時は今のように録画予約も簡単ではなく忙しかった私は番組の存在も知らなかったのですが、そこには私が忘れることのできなかった2002年12月25日のコンサートの様子と、その前日のパーティー、きよしさんの新歌舞伎座の楽屋が収められていたのです。私はその日から2年が経った2004年にこの番組を見ることになったのです。ありがたいことでした。
昨年、Kさんにブログにこの時のコンサートのことを書いてみたいと言うと、Kさんは快くビデオを貸してくださいました。そして早いほうがいいでしょうとわざわざ送ってくださったというのに、お借りしてダビングさせていただいてビデオはお返ししましたが、記事を書くのはそれからほぼ1年が経ってしまっています。
今回、掲載してみたい画像は約38枚になりました。
映像を見ては良いと思う画像で一時停止してそれを撮影して、また処理してということを繰り返していくのですが、落ち着いてその作業をする機会がなかなか作れなかったのです。
今回、その作業をしてみたら、2002年、25歳の”いとしのきよしさん”に再会したかのような気持ちになりました。おかしな言い方かもしれませんが、この時のきよしさんのことも最高に素敵だと思い、大好きだったんだなあとあらためて思ったのです。
そうなのです。この時も、あの時も、氷川きよしさんがずっとずっと大好きなのです。
この後、大阪に何度も出かけるようになるとは思っていなかった私でした。
 
さてこの次の記事では番組で紹介された24日のきよしさんの様子を書きますね。番組をご覧になられた方はご存知の内容になりますが、今となっては見ることができないのでご覧になっていらっしゃらない方のために画像を少しずつ入れていきます。ビデオをDVDにおとしているので画像が不鮮明なことをお許しください。
ただごめんなさい。21日は「虹の架け橋コンサート」、22日は「金曜バラエティー」に行ってきますので、この記事の続きは少しあとになるかもしれません。
 
最後に2002年の高松でのコンサートの楽屋でのきよしさんです。睫毛は羨ましいほどにバッサバサですね(笑)。そしてこの頃はまだまだ伏し目がちなきよしさんです。カメラを向けられると、ついつい伏し目がちになってしまうのでした。今のきよしさんを知っていて、その時のきよしさんを見ると驚いてしまいますが、今でもふとそんな素顔が見え隠れする時があるように感じるのです。
 
 
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