(記事が長くなってしまったので分けて書きます)
この記事のタイトルに”きよしさんに導かれて”と付けさせていただいたのですが、最近ますますそう感じるのです。母方の祖父母のところには小さな頃からよく遊びに行っていましたので、二人から戦争の時のことは折々に聞いていました。でも、私の中で戦争や戦後というものが目の前に急に迫ってきたようにリアルに感じたのは、きよしさんの中日劇場での初座長公演「草笛の音次郎」の千秋楽の日のことでした。
その日、きよしさんとお話しすることになった方が、天竜市の方でとてもおだやかに話されお幸せそうに見えましたが、「夫を失い、戦後、娘と二人地を這うようにして生きてきました。こうして、今日きよし君とお話しするようなことがあるなんて。一生懸命生きているとこんなに幸せなこともあるのですね」というようなことをお話しされたかと思います。なぜなのか今でも説明がつきませんが、その女性がそう話されたのを聞いた瞬間戦争というものが自分の目の前に立ち上ってきたかのように感じたのです。
それが2003年の7月25日のことでした。
そして先日(9月9日)、「氷川きよし節」(文化放送)を聞いていたら、木曜日の「演歌名曲コレクション」で「長崎の鐘」がリクエストされました。その時のきよしさんのお話を聞いていて、ああそうだったのかもしれない、と少し答えがわかってきたように感じました。
リクエストされた方は、「長崎の鐘」を聴くと、ふるさとの長崎の光景が目に浮かび、幼い頃、祖母から聞いた原爆のキノコ雲の話を思い出して、平和のありがたさに感謝されるのだそうです。そしていつまでもきよしさんにこの歌を歌い継いでほしいと書き添えていらっしゃいました。
65年前の1ヶ月前(8月9日)にたくさんの犠牲者が出たことを寺島さんが悼まれると、きよしさん、
「戦争は絶対に悪ですよね。永久に平和であってほしいですね。これから絶対に!」
力強くそうおっしゃいました。そしてさらに
「今年、コンサートツアーで長崎に行かせていただいて、その時にコンサート会場でこの曲を歌わせていただきました。後でお手紙をたくさんの方にいただいたのです。その中に「コンサートに初めて来られたご主人が隣に座って最初は退屈そうにしていたけれども、氷川きよしさんが「長崎の鐘」を歌われたら、すごく真剣に聴いて、涙を流していたのです」というものがあったのだそうです。
きよしさんは、そのお手紙を読んで、
「歌というのはやっぱり素晴らしい力を持っているんだなあ。その時のことを思い出させてくれたり。人間が忘れかけていたものを伝えることができたり。言葉では言い表せないことも、歌で伝えられるんだということを、あらためて感じさせてもらいました」
と、おっしゃったのでした。
私はきよしさんのその言葉を聴いて、私自身が年齢を重ねてきたこともあるかもしれないし、戦争を描いたドキュメンタリーや映画、ドラマ、本を見たり、読んだりしてきたこともあるかもしれません。でもやはり、きよしさんのファンになって、きよしさんが「長崎の鐘」をはじめ、戦前、戦後の名曲を心をこめて歌ってくださり、その歌唱を私が聴いてきたことで、その歌に込められている、それこそ言葉で言い表せない様々なもの。それをその曲の魂と言ってもよいでしょうか...。そういうものを感じ取り、その蓄積が私を長崎、そして広島へ向かわせてくれたのではないかと感じたのでした。
さて広島に行った時のことです。平和記念資料館で見た、人影の石、そして白壁に残った黒い雨の痕には衝撃を受け、私は本当に何も知らないでいたんだと愕然としました。ボランティアの方がずっと付いて説明をしてくださったのですが、まるでその時、そこにいたかのようにリアルに語ってくださり、本当にありがたかったです。
そして私は資料館を出ると、宮島に行く前にもうひとつ寄ってみたかった所へと向かいました。
それは2004年8月6日ににNHKで放送された「復興・原子野から立ち上がった人々」に登場された男性が営む薬局です。
実際に訪れてみて薬局の名前がわかったため、検索の手がかりででき、今、この記事を書くにあたって番組の名前や詳細を知ることができたのですが、広島に行った時には5年前に見たテレビ番組での、広島最古の薬局、爆心地から近いというだけの記憶を頼りに薬局の名前も思い出せないままに、それらしい商店街に行き、歩いてみたのです。
その日は宮島に移動する予定もありましたし、薬局をたずねてご主人にお会いするつもりでもなかったので、本当に行き当たりばったりで目抜きの商店街を眺めてみて、見つからなければあきらめようと思っていたのです。

ところが、たまたま歩いてみた商店街が本通り商店街で、本当に思いがけずにすぐにその薬局を見つけることができたのです。店頭の看板に”広島最古”と書かれていました。赤松薬局という薬局で創業390年の老舗です。
※ごめんなさい。ここまで書いて時間切れです。
記事の続きは明日の夜までにはできるかと思います。途中ですがいったん失礼します。
この続きはこの記事に加筆する予定です。