川口リリアでのコンサート、夜の部へ行ってきました。
私はこのコンサートの申し込みをする時に、川口駅で松井由利夫先生にお会いしたことを思い返し、その頃はお盆の時期ですし、松井先生を偲ばせていただく日にしようと心に決めていました。
2008年6月19日のことでした。私はその日はオフで昼の部のコンサートも観ることができ、東口側でお買い物をしてお茶をしたので、夜の部のコンサートには東口と西口を結ぶデッキを通ってきて、この西口付近を左手に見ながらホールに向かう形になりました。その時に西口前で松井先生は人待ちをされていたのです。夜の部のコンサートに奥様と一緒にいらしたので、奥様と待ち合わせていらっしゃったのだと思います。その日のコンサートできよしさんが松井先生と奥様を紹介され、松井先生が少しお話をされ、「あなたに会うと、まだまだ生きたいという気持ちになりますよ」というようなことを嬉しそうにおっしゃったのです。その時のとても嬉し気なきよしさんの様子も今でも鮮明に記憶に残っています。

これは今回行った時の川口駅西口ですが、向かって右端、ちょうど帽子を被った方がいらっしゃるあたりに、すらりとした長身の松井先生が立たれて、右に左に背伸びをしながら視線を移してどなたかをお待ちになっておられたのです。私は松井先生とは思わずに、その男性を見るとバチッと目が合ったのです。その瞬間、「あっ! 松井先生」と思いました。そして、会釈をしたのですが、先生は私などにはもったいないほどに深々と会釈を返してくださったのでした。
その時の松井先生のこと、忘れることはできません。
昨夜はテレビ東京で放映された「懐かしの昭和メロディ」でも、きよしさんが松井先生の思い出を語られ、孫のようなきよしさんに松井先生が常に敬語で話されていたことをおっしゃっていましたが(日本作詩大賞での「番場の忠太郎」の映像が流れました)、この日はコンサートの中で、「松井先生!」ときよしさんが呼びかけてくださったのです。勝手ながら松井先生を偲んでいた私には、とりわけきよしさんの呼びかけが心に響いたのでした。松井先生が来てくださっているのを感じたきよしさんが、そのことを教えてくださったと思っていいでしょうか。
きっと、きよしさんは松井先生が書いてくださった、松井先生の魂そのものである曲を歌いながら、いつも松井先生の存在を、愛を感じとっているのでしょう。そしてできることならもう一度会いたいという思いにかられることもあるのかもしれませんね。
そして私は、「演歌名曲コレクション・リクエストコーナー」で、きよしさんが歌う「旅姿三人男」を聴いて、胸がすく思いがしました。何て軽快でさわやかな歌声なのでしょう。「旅姿三人男」は2000年の10月21日にリリースしたアルバム「股旅演歌名曲集Ⅱ」に収録されていて、「チャレンジステージ」でも歌っておられましが、その当時よりも、さらにきよしさんの心が澄み渡っているように感じられたのでした。
デビューから10年を経て手垢がつくどころか、尚いっそうその歌声で聴く人をフレッシュで爽快な気持ちにさせることができるなんて他の誰にできるというのでしょう?
きよしさんのファンになり、ずっときよしさんの歌声を聴かせていただいてきましたが、10年を経てこれほどの感動を味わわせていただけるなんて――。目の前にいる優しげなきよしさんの姿を穴のあくほど見つめました。
どうして? なぜあなたはそれほどのことが微笑みながらできてしまうのですか?
これまでに何度か、きよしさんを目の前にして、この声が本当にきよしさんから発せられているのだろうか? というよりこれが人間の出せる声なのだろうか? と思わせられたことがあります。その思いに近いものがありました。
先日コメントをくださった、きよしさんのコンサートに800回以上いらした方のことが思い出されました。
そうです。私もできるものならきよしさんがその日どんな奇跡を起こすのか。その瞬間に居合わせたいという気持ちにさせられてしまうのです。
さて、きよしさんは「虹色のバイヨン」の発売を目前に控えて、「大きな結果を出したいと思っています。がんばります」とおっしゃっていました。きよしさんにそう言っていただいたならファンの気持ちはただひとつ! 「お任せください」ですよね。発売前に既にライブで5回聴かせていただきましたが(まだの方には、ごめんなさい)、ますます艶やかなきよしさんの声音にうっとりしてしまいます。
「徹子の部屋」の収録も無事済み、ほとんど黒柳さんがお話しされたということでしたけれども(笑)、25日発売日当日の放送なので楽しみですね。
この日も「きらめきのサンバ」の時には、湯川れい子さんに初めて詩を書いていただけた嬉しさをお話ししてくださり、「歌って!」という場内の熱いリクエストに応えて、今回は「恋に落ちて」を出だしから歌ってくださいました。
きよしさんの歌うバラードも素敵だなあとしみじみ感じました。
そして「きらめきのサンバ」のかけ声は前回記事に書いた内容でほぼ大丈夫なようです。コンサートでは西寄さんが一緒ですから心配無用です。
そういえば、「ファンクラブの皆さんを海にお連れしたい...」という発言がきよしさんからありました。
「どうしたらできるのかなと考えていて」ときよしさんが思案されていることをおっしゃると、
西寄さんが「皆さん、水着を着て集合ですよ!」と強調されていました(笑)。
実現は難しいですが、私たちを海に連れれて行きたいと思う気持ちが、今回のかけ声を入れるアイディアにつながったようです。さらに海はどこの海? という話題になり、本当は玄界灘に連れていきたいけれども遠いので、行きやすいところということで湘南ということになりました。
ところで西寄さんは数日前に海にいらしたそうで、日焼けされていました。お顔の皮がむけているので、きよしさんが「皮むきましょうか?」なんておっしゃっていました。そして体重の話題になって、きよしさんは(おととい?)健康診断を受け、その時は58㎏だったそうです。
さらにきよしさん、
「芸能界に入る前は、芸能界って普通の世界とは違うところなのかなと思っていたけれども、そんなことはなく、やはり心が大切なんですね」
とお話しされました。挨拶をしたり、一言お礼を言ったりということが大切なのだとおっしゃったかと思うと、急に「皆さん、いつもありがとうございます」とあらたまって言ってくださったのでした。
そして止まらない”きよしコール”にしきりに恐縮されて、「何をお返しすればよいのか考えていなくてすみません。今度考えておきます」とおっしゃっていたのですが、再びの”きよしコール”の時に、きよしさんが”きよしコール”に重ねて、"皆さん!、皆さん!”と”皆さんコール”をしてくださった後、さらに”きよしコールに重ねて、”皆さん、お元気で”、"皆さん、健康で”というようなことを一生懸命に言ってくださったのでした。
私たちはいつも感動をくださり、励ましてくださるきよしさんにお返ししたくて”きよしコール”をしているのに、当のきよしさんは、そのコールにいつも恐縮されて、自分にできるもので何かお返しをしなくちゃ!と思われるのですねー。
と、ここまで書いてきて、ふと思い出したことがありました。
ファーストコンサートツアーのある会場でのこと。私は下手側にすわり、アンコールの時にきよしさんに向かって拍手をしていたのです。きよしさんの熱唱に場内はわれるような拍手で、きよしさんご自身が感動されて泣いていらっしゃいました。私も泣きながら拍手をしていたのです。どの曲だったのか覚えていないのですが、きよしさんが下手側にいらして歌う曲でイントロが鳴っている時に、きよしさんに向かって少し高い位置で拍手をしていたら、きよしさんが泣きながら右手で胸を押さえて、「もったいないです」とおっしゃり、さらにこちらに向かって右手で”もう十分ですよ”というジェスチャー何度もされたのです。私はその時は1番前の列にすわっていたので、きよしさんのマイクを通さない泣き声まで聞こえてきました。私はそんなきよしさんを見つめました。涙があふれてきて顔はくしゃくしゃになっていたので、そんな顔できよしさんを見ているのは恥ずかしかったのですが、でもきよしさんもくしゃくしゃだったので、もういいやという気持ちになりました(笑)。今ではその時のきよしさんが話されたことのどこまでがマイクを通した声だったのか生声だったのか、その境界線が曖昧になってしまっていますが、感じたことははっきり覚えています。
素晴らしい歌唱をしたからこその万雷の拍手なのに、それを申し訳ないと言って恐縮する氷川きよしという人は何て人なんだろう。こんなにまで正直で心根の真っ直ぐな人を見たことがないと心底驚き、そして感動したのでした。
それはまさに「旅姿三人男」を歌っていた頃だったかと思うのですが、 その頃とやっぱり何も変わっていないそのお心に、また感動してしまったのでした。
アンコールで「かあさん日和」を歌った時に、きよしさん、「おかあさんて、よい響きですね。」とおっしゃったかと思うと、突然「おかあさん!」と会場に呼びかけました。
「はぁい!」と自然にあちこちから答えが返ってきました。場内にやさしさがあふれた瞬間でした。
そういえば川口リリアの緞帳は虹色でした。何だかさい先良いような気がして、全体が見渡せるところから写真を撮ってみました。実際はもっと鮮やかなのですが、雰囲気がお伝えできればと思います。
