なかなか書くことができなかったので、少し遡りますが、3月に訪れた島原での思い出を書きたいと思います。
3月26日、長崎市公会堂でのコンサートに行くために島鉄(島原鉄道)の島原駅の待合室で諫早行きの電車を待っていた時のことです。駅の売店でお土産を買って、別室の待合室の方に戻ろうと歩き出すと、年配の男性が、突然「氷川きよし!」と私に向かって言ったのです。

島原駅
「えっ?」と思ってその男性をよく見ると、その視線は私を通り越して売店の方の方に向いていました。
その男性は地元の旅行会社の方らしく、毎日いろいろなツアーの送り迎えをしているようで、顔見知りの売店の方に挨拶代わりに、今日はきよしさんのツアーの送迎だとおっしゃったということがわかりました。
私が、ああ、そうか、島原から今日のツアーにいらっしゃる方もたくさんいらっしゃるんだなと思って、待合室に戻ると、先ほどはいなかった7~8人の女性が座っていました。皆、話がはずんでいます。
そこに旅行会社の男性が戻ってきて、その女性たちと話し始めたのですが、その時に、
「氷川きよし君のどこがそんなに好きなの?」とその男性が聞きました。すると、誰ともなく
「どこがって、うーん...」とおっしゃっるのですが、なかなか言葉が出てきません。
すると、その中のお一人が
「そう、どこがって、ねえ。なぁんか、いいんだよねー」
としみじみとおっしゃいました。すると皆さん、うんうん、とうなずいていらっしゃいました。
私も、思わず一緒にうなずいていたのではないかと思います(笑)。
そう、きよしさんの魅力は、いくら言葉を並べても表現し切れるものではありません。理屈でなんてとてもとても説明できないと、いつも感じていますので、島原でお会いしたきよしさんのファンの方のこの一言に集約されるように思えて、心あたたかになったのでした。
ところで、ここでお会いした皆さんは昼の部をご覧になるそうで、電車には乗らずに、お迎えにきた観光バスに乗っていかれましたので、わずかな時間での出来事でした。でも私の心には深く印象に残ったのです。
この時からもう少しで3ヶ月が経つと思うと、時の流れの速さに驚きます。
私はコンサートの前日の25日に長崎入りして、長崎空港から島原に直行しました。以前、天草に行ったので今度は島原にも行ってみたいと思っていたのです。
島原城や湧き水の流れる町をのんびりと歩いて過ごし、ホテルに着くと、きよしさんが出演中の「めんたいワイド」の放送が始まっていました。その時は、このブログでも番組のことを書かせていただきましたが、私は海が見える部屋で、海風を浴び、波音を聞きながら、「めんたいワイド」をみていたのです。

ホテルの部屋から見た夕日
この日は島原に着くと、まず島原城を見に行きました。桜が咲き出して、なんともいえない風情がありました。石垣とその上の木々の合間から見える天守閣にすっかり見入って、写真を随分撮ってしまいました。
お城の内部は郷土資料館になっていて、飾られていた忍びの飛び道具が、すごい迫力でした。
そして、島原城の正面にある姫松屋というお店で、天草四郎が考案したといわれる島原の郷土料理である具雑煮をいただきました。

島原城に向かう道々、桜が咲き始めていました
寛永14年(1637年)の島原の乱の時、一揆軍の総大将であった天草四郎が約37000人の信徒たちと籠城した際、農民たちにお餅を兵糧として蓄えさせ、山や海からいろいろな材料を集めて雑煮を炊いて栄養をとりながら約3ヶ月戦ったといわれているのですが、その具沢山のお雑煮を具雑煮といっているのです。
材料は山芋、ゴボウ、レンコン、白菜、椎茸、鶏肉、蒲鉾、焼きあなご、卵焼き、春菊、お餅など10数種類の具がふんだんに使われています。私がいただいた姫松屋さんの具雑煮にはシロナ、かまぼこ3種類、アナゴ、ごぼう、卵焼き、シイタケ、凍豆腐、れんこん、鶏肉、餅、春菊の13種類の具が入っていました。
おだしも滋味があっておいしくて、ぜひもう一度食べてみたいと思いました。

姫松屋さんの具雑煮です
そして、島原の郷土料理でもうひとつ食べてみたかったのが寒ざらしです。白玉粉で作った小さなお団子を湧水で冷やして、蜂蜜や砂糖等で作った特製の蜜の中にうかべたものです。中国の寧波(ニンポー)、温州で食べられているお菓子に寒ざらしに似たものがあって、元子(ユアンツ)といい、お団子の中にいろいろな具が入っているものを湯団(ユーディアン)というそうです。
大寒の日に原料となる米の粉を水にさらすことから、寒ざらしと呼ばれているそうですが、家々で蜜の作り方にこだわりがあって、味わいも違うそうです。
私は白玉が大好きなので、夢のようなお菓子だなあと思っていただきましたが、かつて銀水というお店があって、そこでおばあちゃんが作っていた寒ざらしが評判だったと聞きました。いつかその味を覚えていらっしゃる方の作る寒ざらしも食べてみたいものです。

猪原金物店内の茶房 早魚川(はやめがわ)で寒ざらしをいただきました
島原城の城下町に、九州で2番目に古いと言われている猪原金物店があります。創業は明治10年(1877年)、江戸末期に建てられた店舗を改修しながら、当時の面影を残して現在も営業中です。クリステルのお鍋やダッチオーブンといった最新の商品が置いてある一方、あっと驚くようなデッドストックものもありました。その中に私の亡き祖父も使っていたのではないかと思うアルマイトのお弁当箱があって、感激しました。”菜入れ”という野菜などを入れる入れ物が付いていましたが、それもおよそ手作業でなければ作れないようなものでした。そんなお弁当箱が少々埃をかぶって、他の商品と一緒に販売されているのです。2000円くらいでした。私はまだ祖父が存命なら、そのお弁当箱を買って行って「懐かしいでしょう」と言ってプレゼントしたかったなあとしみじみ思いました。
猪原金物店HP
島原で泊まったホテルに碧梧桐(へきごとう)という名前のレストランがあると宿泊の予約の時に知り、私は俳句には詳しくありませんが、でも碧梧桐といったら河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)のこと? と、ちょっと気になりました。それで宿泊した時にうかがったところ、碧梧桐は島原をとても愛していてよく訪れ、そのホテルに南風楼(なんぷうろう)という名前を銘々したのも河東碧梧桐だったのだそうです。
私は昨年末に放送された「坂の上の雲」を欠かさず見ていたのですが、碧梧桐は本木雅弘さんが演じた主役の秋山真之(秋山 さねゆき)と同郷で幼い時は真之のことを”淳さん”と慕っていたのだそうです。
同級生の高浜虚子を誘って正岡子規に俳句の手ほどきを受け、俳句の道に進みますが、その後は虚子と相反するようになります。三千里に及ぶ全国俳句行脚を行うなど、俳句に熱い情熱を燃やしますが、還暦の時に俳壇からすっぱりと引退してしまいました。
正岡子規は碧梧桐と虚子について、「虚子は熱き事火の如し、碧梧桐は冷やかなる事氷の如し」と評していたそうです。私は以前、碧梧桐の書を何点か見たことがあるのですが、キリッとしていてユニークで飄々とした印象を受けました。
全国行脚や虚子との相反といったことから、苦闘の人生というイメージを抱いていたのですが、今回、島原を訪れてみて、その豊かでおだやかな土地の空気に、とても癒されていくのを感じ、そんな島原の地を愛し、時折訪れていたことを知り、俳句には一切の妥協をせず意地を通しながらも、人生を楽しんでいたのだなあと感じたのでした。
そして、そんな碧梧桐の生き方は、私の中できよしさんの歌う「三味線旅がらす」の主人公と自然と重なったのでした。
”自分らしく生きる” それは人生の永遠のテーマなのだとあらためて思いました。
避けがたい面倒な問題も、チントンシャン!と片付けて、日々、笑顔で生きていきたい。そんな思いがむくむくとわいてきたのです。
きよしさんが心をこめて歌ってくださる「三味線旅がらす」はまさに人生の応援歌なんですね。
島原での旅で、そんなあれこれを思ったのでした。


ホテル南風楼のお部屋からの景色です(上段は夕日を浴びています)