奈良から帰ってきて、あわただしく過ごしています。
きよしさん、今日は8時15分からNHKの「あさイチ」に出演ですね。今はもうNHKにいらっしゃるのでしょうか。
さて、3月26日に参加した 長崎市公会堂での夜の部のコンサートでのこと、どうしても書いてみたいことがありました。先月はほとんどブログをお休みしていたこともあり、記事を書くのが遅くなってしまいましたし、とても個人的な思いを書くことになりそうなのですが、いつもご来訪くださっている皆さんなら、思い込みの分は差し引いてお読みいただけるかなあと思い、思い切って書いてみようと思うのです。
うまくお伝えすることができるか自信がないですし、このブログをお読みくださっているRさん(今回の記事を書くにあたっての仮称です)の、ご了解を得て書く内容でもありますので、もし書いてみてRさんが少しでも不愉快なお気持ちになるようでしたら、記事も掲載を取りやめますので、その点もどうか、ご了解ください。
 
Rさんのこと】
まず長崎でのことを書く前にRさんのことについて少しお話ししておきたいと思います。
このブログは2008年の10月に最初の記事をアップし、以後、ありがたいことに皆さんからお心のこもったコメントをいただけるようになり、ご来訪くださる方にとっても、お馴染みの投稿者の方が多々いらっしゃるかと思います。
その一方で私宛に直接コメントをくださり、皆さんがご存知のない投稿者の方々もいらっしゃいます。ヤフーIDをお持ちですと“内緒”という項目にチェックを入れることで投稿者の方と私だけが読むことができる方法でコメントの投稿が可能なのです。その中に、私がこのブログを始めた当初から要所要所でコメントをくださるRさんという方がおられます。Rさんはきよしさんをデビュー時からずっと応援されてきた方で、曖昧なことやわからないことなどがあると、すぐにアドバイスしてくださったり、過去の記事を書くと“本当にそうでしたね、その時のこと思い出しましたよ”と、コメントをくださるのです。私も過去のことを記事に書く時には、見たこと、聞いたことを記憶や資料をもとに書き並べるだけでなく、その時に漂っていた空気のようなものを自分自身が書くことで感じ、そしてできればそれを読んでくださる方にもお伝えしたいですし、もちろん記憶違いになっていないかも常に心配しているのです。ですのでRさんのようにその場に一緒にいらしたであろう方が、そのようにおっしゃってくださることで、“この調子で大丈夫そうだなあ”という気持ちになり、安心することができたのです。
そんなRさんと私は、間違いなくあちこちでご一緒していたわけで、これまで、どこかでお会いしていてもおかしくないなあと思い、Rさんてどんな方なのかしら? いつかお会いする機会があるかしら? などと漠然と考えていたのです。
 
【「かあさん日和」のこと】
さて、すでにこのブログに 長崎市公会堂での夜の部のアンコールで、きよしさんが歌われた「かあさん日和」について書きましたが、私はこの時のきよしさんの歌唱がただならぬものに思えたのです。今月6日の大宮ソニックシティでのコンサート・夜の部でも、まるで会場にお母様がいらして、そのお母様に向けて語りかけているかのようなきよしさんの歌唱を聴き、その深まる表現力にただただ心ふるわせておりましたが、長崎での夜の部では、その時とも少し違って本当にまるで会話をしているかのような歌いぶりだったのです。きよしさんは「かあさん日和」の3番で、一言一言まるで語るようにして、「どうしたの?」「大丈夫?」という感じで客席を覗き込むようにして、それこそどなたかに話しかけるかのように歌い出したのでした。私はその時、今何が起こっているの? とまず思いました。そしてそんなふうにまるで会話をするかのように歌うきよしさんの姿に、歌というものはそもそも伝えたい思いがあって生まれたものなのではないかなあということを感じさせられ、歌の本来のスタイルと可能性を思い起こさせられたのです。それはあまりにも素晴らしい歌唱でした。あの時の感動は今も忘れることはできません。
 
【長崎市公会堂で】
長崎市公会堂には初めて行きましたが、座席に着くと座席の位置が前後に少しずれているように感じたのですが、それは気のせいではなく4列目くらいまでがオーケストラビットのために可動式になっているので、私の席は固定できないままになっていたのです。そのため座ったらズズッとさらに後ろにさがってしまったのでした。
それで私は後ろの席の方に
「うわあ。ごめんなさい。椅子、下がりすぎですね」と言って座席を直そうとしたのですが、座った時には簡単に動いたわりに、戻そうとするとスムーズに行きません。もう少し前かな? と引っ張っていると、後ろの席の方は、「大丈夫ですよー。そんなに気になさらないでください」と言ってくださいました。それでももう少し引っ張って、ようやく隣の座席にそろえてから幕が開くのを待ったのです。
そして、いよいよ、きよしさんが登場しました。私はもうびっくりです、座席表を見て期待してはいたのですが、その期待を遙かに超えて、座った座席は舞台に近く(舞台と1列目はほとんどスペースがないほどに接近しています)、本当のセンター席だったからです。目の前のきよしさんにドキドキ、うっとりの繰り返し。その眼差しにときめき、その歌声に酔いしれ、忘我の時間をすごしたのです。そしていよいよアンコールになり、「かあさん日和」を聴くことになったのでした。
私は旅先で、その日のことを簡単に記事に書いたのですが、
 
するとその記事を読んだRさんからコメントをいただいたのです。
Rさんは昼夜参加し、夜は4列の真ん中で久しぶりにきよしさんを間近で見ることができたのですが、アンコールで「かあさん日和」を聴いているうちに、お母様のことが思い出されて、号泣されてしまったということでした。Rさんは母娘できよしさんのデビュー当時からのファンで、これまで数々のコンサートやイベントに一緒に参加されたのですが、そのお母様が認知症になり寝たきりになってしまい、それでももう一度だけ、きよしさんのコンサートに行きたいという思いを抱いていらっしゃるのだそうです。
Rさんは、そんなお母様のことが、きよしさんの優しさにあふれた歌声を聴いているうちに、わきあがるように思い出されたのでしょう。涙があふれ出し、次第に涙で何も見えなくなり号泣してしまったのだそうです。後でお隣の席のお友達が「きよしくん、心配そうにあなたの方を覗き込んで、一生懸命励ましてくれていたよ」と言ってくれましたが、Rさんは涙で何も見えていなかったので信じがたく、お友達が自分を励まそうとしてそう言ってくれたのだろうと思っていた様子でした。
ところが私の記事を読んで、お友達が言っていたことは本当だったのかしら? と思われ、それでも“自分の思い込みだと思いますのでシークレットにさせていただきます”とコメントを内緒にして送ってくださったのでした。
私はそんなRさんのコメントを読んで、いろいろな意味でドキドキしてしまいました。4列の真ん中で号泣するRさんは、確実に舞台の上のきよしさんから見えるでしょうから、きよしさん、“どうしたのだろう?” と心配されないはずはないと想像します。
そして、Rさんが状況をわかりやすくするために4列の真ん中の席でと書いてくださったために、私がどうもその前の席にすわっていたらしいこともわかったのでした。それでRさんに、私はRさんの思い込みではなく、本当に客席を覗き込むように、前かがみになって、一言、一言、語りかけて励ますように歌っていたように見えたということ。だからこそ私は何が起こっているの?と思い、そしてその理由がわかり得心したこと。そしてそのことを記事に書かせていただけないかということ。また、前の座席の椅子が後ろにずれてしまって、“ごめんなさい”というやりとりをしませんでしたか?
というようなことをお伝えすると、Rさんは今回のコメントが自分の思い込みとも思えることなので、そのようなことを書いて私が気を悪くするのではないかと心配をされていたようで、
「私の気持ちをわかって頂いて感謝しています。ありがとうございました。
お忙しいマルル様と思いますがマルル様から差し支えない程度にお書きして頂けたら幸いです。『かあさん日和』を歌い終えられた時に きよしさんが“誰にでもお母さんはいますからね”とおっしゃったので 私はうなずきました。椅子の件は私と思います。マルル様が長崎にいらっしゃることを存じていたので座席の周りを見渡していましたがわかるはずないですよね(笑)今回の長崎コンサートは最高でしたね。きよしさんも“一生忘れません~長崎最高”と言っておられましたね」
というようなお返事をいただき、具体的な座席番号も書き添えてくださっていました。
その座席番号を見て、まさにあの私の椅子が後ろにずれてしまって、「ごめんなさい」「大丈夫ですよ」というやりとりをした方がRさんだったことがわかりました。つかの間のことでしたので、残念ながらお顔がはっきり思い出せないのですが、それでも優しく「大丈夫ですよ」と言ってくださったことははっきり覚えているのです。
前後の席に座り、座席の件でそんなやりとりをしても、おたがいだとはわからないことでしたが、きよしさんの歌唱をめぐって、たまたま座席の位置にふれる展開になったおかげです。私にはただの偶然とは思えず、きよしさんが結んでくださったご縁だと感じたのでした。
 
そして、きよしさんが皆のために歌っていらっしゃることには変わりはないのですが、あの歌唱は、目の前で号泣されているRさんを思いやってのこともあったに違いない。私はそう確信しました。そしてそう思うと、きよしさんのあまりにも誠実であたたかいお心に涙がこぼれてしまったのでした。
Rさんはこのコンサートにいらした時に、お母様のことを手紙に書いてきよしさんに渡されたそうです。きよしさんはその手紙は後日お読みくださったことと思います。Rさんも気にされていたので、あらためて言っておきたいと思うのですがRさんが特別というわけではないのだと思うのです。皆さん、いろいろな思いをきよしさんに手紙などでお伝えしているのではないかと思います。きよしさん、舞台の上から客席のお客様の様子をご覧になって、涙されている方がいらっしゃれば、“どうしたのかな?” “何か辛い思いを抱えていらっしゃるのかな?” “大丈夫かな?” “元気を出してください”そんな思いをすべて歌に込めて歌っていらっしゃるのだと思うのです。たとえばいただいたお手紙の主がどなたかわからなくても、会場のどこかにその方が、あるいは同じ思いを抱えた方がいらっしゃるのだと、その思いを受け止め、日々歌っていらっしゃるのでしょう。最近、“お宅にうかがって耳元で歌いたい”と発言されていらっしゃるのも、そんな思いからなのではないでしょうか。
 
Rさんは最後にこんなエピソードも書き添えてくださいました。
「以前 握手会に母を連れて行ったときに私が先に握手してもらい きよしさんに“母です”と言ったら、 “おおきにお元気ですか”と言われて、母の手をすぐには離されなかったのです。それがあまりにも長かったので、私が母に近づこうとしたら、スタッフの方に止められてしまったということがありました。『かあさん日和』を聴いた時に、そんな母ときよしさんとのことが思い出されて、たまらなくなったのです。長々とすみません。私の気持ちをわかって頂いて感謝しています。
ありがとうございました」