5月になりました。
と、書き出したら薫風(くんぷう)という言葉がうかびました。初夏に若葉の香をただよわせて吹いてくるさわやかな南風。香がよく心地よい風というような意味ですが、まさにきよしさんの周りに吹いているようなイメージがわいてくるのです。
 
放送から少し時間が経ってしまいましたが、「にっぽんの歌 ふるさとの歌コンサート」で、きよしさんが歌った「安里屋ユンタ」、お聴きになりましたか?私は公開放送で聴き、その心地よい歌声に酔いしれ、もう一度聴きたいと、放送を心待ちにしていたのでした。放送後も録画をもう何度も何度も見返し、その歌声を聴いています。大らかで包容力にあふれ、生きる幸せに満ち満ちた素晴らしい歌唱だと、その度に思うのです。
 
ところで最近、「三味線旅がらす」で「♪チントンシャン~」のところで一緒に歌う方がいらっしゃることについてや、先日の宇都宮できよしさんがお話しされたココアちゃんのことについて、こちらにもコメントくださった方が(シークレットでの方も含めて)いらっしゃり、とても気になって早くお返事したいと思っていたのですが、最近、読んだ「婦人公論(5/7号)でのインタビュー記事から、その答えが読み取れるように、私は感じました。
とても読み応えのあるインタビューだと思いましたので、興味をもたれた方はぜひ、雑誌を手にとってみていただけたらと思います。
 
さて、きよしさんが「三味線度がらす」を歌う際、「♪チントンシャン~」のところで一緒に歌う方たちに公開放送やコンサート会場で遭遇し、それが一人や二人ではないので正直驚きました。
だってロックコンサートでだって、「一緒に歌って!」といわれなければ、やはりその方の声を聴いていたいから、一緒に歌うなんてことしませんものね。一体なぜなのでしょう? と思いました。でもその方たちが、心からきよしさんを思い、自分がきよしさんだったらそうしてもらいたいに違いないという気持ちでされていることなら、私としては静かに聴いていたいのですが、いいんじゃないかなあと思っていたのです。
でもインタビューできよしさんが「三味線旅がらす」について、
「本道の歌については、今年は一人でも多くの方に新曲を聴いて歌っていただくことをメインテーマにしています。これまではコンサートなどで一緒に歌に参加していただくことを意識して、合いの手や掛け声をかけやすい歌が多かったけれど、今回はじっくり聴いていただき、カラオケなどで歌ってほしいと思います。」
と語っていらっしゃいました。
先日も"三味線を弾けるようになるより、歌で三味線を奏でたい”とお話ししていました。そんなきよしさんの「♪チントンシャン~」、1回、1回、同じではありません。やはり静かにその音色に耳を傾けたいと思います。
 
そして、28日の宇都宮市文化会館で、きよしさんがお話しされたココアちゃんのこと。私はコンサートに参加していなかったので、ここではその内容は書きませんが、まったくご存知ない方のために一言お伝えすると、とても心を痛める出来事があり、そのことをコンサートでお話しされたのだそうです。
私は直接聞いてはいないので、ニュアンスがわかっていないことを差し引いて、以下はお読みいただければと思うのですが、きよしさんは、もちろんご自身で辛さを乗り越え、前向きな気持ちになってお話しできるまでになったということでしょうし、またファンの皆に自分の心の内を聞いてほしくなったということもあるかと思います。でも、私がお友達からそのことを聞いて、一番に思ったことは、いつも笑顔でいてくださるきよしさんにも、とても辛いことがあって、それでもがんばっているということを伝えることで、皆を励まそうという気持ちだったのではないかしら? ということでした。やはり10年という年月の中で、きよしさんのファンの中にもいろいろな出来事があり、健康上の問題をはじめ、すぐに解決するのが難しい問題を抱えるようになった方もいらっしゃるかと思います。でも皆さん、きよしさんに励まされてがんばっていて、そんな思いを手紙等に託されることもあるでしょう。きよしさん、ファンからのお手紙をきちんと読まれて、皆さんのそんな思いをひとつひとつ受け止めてきてくださっているのだと思うのです。そして、ご自身の心痛を明かすことで、「僕も同じなんです。だから一緒にがんばりましょう!」とおっしゃりたいような、皆を励ましたいような気持ちがその心底にあったのではないかなと、想像するのです。
 
先にお話しした「婦人公論」では「三味線旅がらす」のカップリング曲の「酒月夜」につてもお話しされています。きよしさんは「酒月夜」の3コーラス目の”生まれ育ちは違っても 生きるつらさは誰でも同じ”という歌詩が胸にぐっときたのだそうです。
「どんな人でも心の中に辛さ、切なさを抱えて生きている。それでもみんな、顔で笑って頑張っているんだよと。心が痛い時って、人の優しい言葉に励まされますよね。僕自身も、今までの人生で傷ついたことがありましたから、この歌詞が心に浸みました。ここは感情をこめて”泣き歌い”していますので、じっくり聞いていただきたいですね」
と語っていらっしゃいました。そんなインタビュー記事を読んでいたら、きよしさんの素敵な笑顔がうかんできました。そしてなぜ、これほどまでに、自分がその笑顔に癒されるのか、少しその秘密がわかったように思います。きよしさんて本当に強い方なのですね。だからこそ、どこまでも優しくなれるのですね。
ところで、そんな素敵な笑顔の持ち主であるきよしさんが、このインタビューの中で、「僕の右の顔はゴリラっぽく見えませんか?」とお話しされていて、私は、きよしさん、どこがですか?と思ってしまいました(笑)。
きよしさんは右顔と左顔とでは兄と弟くらい顔の印象が違っているように感じていて、ご自身では左顔のほうが好きなのだそうです。でも今回、ジャケットを2タイプ作るので、あえて右顔も使うことにしたのですが、ゴリラっぽく見えないか、ちょっと心配なのだそうです。
きよしさん、本当にどこをどうしたら、あの素敵なお顔がゴリラに見えるというのでしょうね(笑)? 
 
そういえば「三味線旅がらす」をリリースしたきよしさんですが、初めてお客さんの前で披露する時は緊張で心臓が飛び出しそうになり、どんな反応が返ってくるか考えると、前日は一睡もできなかったのだそうです。
 
以下は書く機会がなかったのですが、ここで先日の神奈川でのコンサートの時のきよしさんのエピソードをひっとつ書いておきたいと思います。
きよしさん、コンプレックスをたくさん抱えた小学生時代のお話をしてくださいました。
「僕は子供の頃、”どべ”だったですよ」
きよしさんはそう言いました。”どべ”? 初めて聞く言葉でした。
”どべ”は関東の言葉ではビリとかビリッケツという意味の言葉で、岐阜や山陰地方などでも”どんべ”とか”どべ”と言うようですが、きよしさんは運動が苦手で、徒競走でも”どべ”だったのだそうです。今のきよしさんからは想像しにくいですが、まったく泳げず、小学生の時、水泳の時間はプールサイドで見学していたのだそうです。「水泳の授業は嫌だなあと思うとおなかが痛くなって、大楠小学校といってもおわかりにならないと思いますけれども、大楠小学校のプールの端っこにいつも一人ですわっていました」
と、そんなことを話されました。
きよしさんはそんな思いがトラウマになっていたので、ひとつひとつ克服してみようと思い、水泳にチャレンジされたのだそうです。皆さんもご存知だと思いますが「玄海船歌」を歌うということもあり、泳げるようになろうと決意されたことを当時おっしゃっていましたね。
きよしさんは、人と自分を比べるということをしない方ですが、その分、内省して、日々自分自身を高めていく努力をされているのですね。本当に敬服します。
そしてそんな氷川きよしさんのファンとして恥ずかしくないように、また前向きに優しく、美しく毎日を生きていきたいと思うのです。
 
今日は香川県観音寺市からの「NHKのど自慢」に出演されますね。楽しみです。
私は5日の大宮ソニックシティに参加します。またこの連休中に長崎でのコンサートのことから書いていく予定です。