昨日、ネット通販などで、きよしさんの新曲と思われるCDの案内が出始めていますね。
でも、よく見るとまだ発売日も掲載されていませんので、ここではタイトルを書くのは控えますが、以前もその曲は新曲としてウワサになった曲名ですね。
今回はいよいよ、そうなのでしょうか?
そして先週末には文化放送のHPのタイムテーブルに、24日の「氷川きよし節」で”氷川きよし新曲”という記載が!
まあ、楽しみは後になればなるほど増すというものですが、さて、それでは私が何に困るのかというと、その曲の内容なのです。もしウワサの曲が新曲だとすると、どうも”新内流し”に関わるもののようなのです。
以前から、きよしさんと新内流しについては、勝手ながら思うところがあって、新内流しについては個人的に思い入れがあったのです。
ですので新曲の話題とはかけ離れてしまいますが、私の思いを少し書いてみたくなりました。
妄想と言われても弁解できない内容だと思いますので、以下はその点をご了解のうえ、お読みいただければ幸いです(そうでなければ、読んでもなんだあとがっかりされると思いますので、あらかじめおことわりさせていただきました)。
私は、数年前、仕事で1年間、伝統芸能のページ作りを担当していたのですが、それがきっかけでそれまでまったく興味のなかった新内節に興味を持つようになったのです。
とはいえ、私もそれほど新内節について詳しくはないのですが、
浄瑠璃は三味線に合わせて節をつけて物語を語っていくもので、その節回しによって義太夫、清元、常磐津、新内など種類が分かれています。義太夫は大阪で生まれましたが、新内は江戸独自の浄瑠璃です。
かつては遊郭や町の中を流して歩く”新内流し”というものがあり、男性は着流しに、頭に手ぬぐいを被り、三味線を弾き、歌ったのだそうです
そんな折、人間国宝である新内仲三郎さんが、新内節と越中八尾の民謡行事「おわら風の盆」とのコラボレーションを実現させた「風に立つ仲三郎」を公演されているのを知り、観に行ったのでした。
新内仲三郎さんは「風の盆にも街流しという、新内流しと共通するものがあり、リズムもゆったりしているし、三味線の歌、呼吸が何ともいえない雰囲気なので、一緒にやれないものか」と以前から思っていたのだそうですが、劇場の中に歌声がこだまし、まるで無限の宇宙空間になったかのような錯覚に陥りましした。そんな夢の続きのような幻想的な舞台にすっかり魅せられたのでした。
そして、その後、ある雑誌に最相葉月さんが書かれた新内流しのルポを読んだ時から、ずっと、きよしさんのような新内流しの方がもしいたとしたら、あるいはきよしさんが新内流しをしたら? と想像しては一人ドキドキしていたのです。
皆さん、良かったら想像してみてください。
(舞台は一気に江戸時代に遡ります)
江戸、吉原の夕闇。どこからともなく、きよしさんが歌う新内節が聞こえてきます。
着流しに手ぬぐいを被り三味線を片手に、きよしさんが哀切をおびた歌声で歌っています。
通りすがりに心惹かれる魅惑的な歌声の主のほうを振り返ってみると、一瞬月明かりがさして、きよしさんの美しい横顔がうかびあがります。
その魅惑的な声と月明かりに照らされた伏し目がちでどこか寂しげな美しい横顔―――。
今、すれ違ったと思ったら、その声はどんどん遠ざかっていきます。
私、今、夢を見ていたのかしら?
そんな思いにとらわれると、再び風に乗って、遠くからその美しい歌声が聴こえてくるのでした。
忘れられないあの美しい声、そして瞳。あの方はどなた?
なんて、かなり妄想の世界に入ってしまっているでしょうか(笑)?
無理にお付き合いさせてしまったとしたら、本当にごめんなさい。
ただ私はそんなふうに、江戸時代に新内流しをされていた方の中には、きよしさんのように素敵な方がいらしたかもしれないなあという想像から、きよしさんがもし新内流しをしたら? と想像が止まらなくなってしまったのでした。
ですので、新曲がウワサ通りに”新内流し”に関わるものでしたら、どんな曲になるのかは皆目見当もつかないのですが、私は素敵過ぎるきよしさんいにまたまた困ってしまいそうで、何だか自分が怖いくらいなのです。
もう今でも、きよしさんの大ファンと言っても良いかと思う私ですが、このままどこまでファンになってしまうのか、想像がつかないところに怖ささえ感じています。
この気持ち、わかっていただけるでしょうか?
きっと近々に新曲の詳細も発表になりますよね。本当に心待ちにしていたいと思います。
でも、よく見るとまだ発売日も掲載されていませんので、ここではタイトルを書くのは控えますが、以前もその曲は新曲としてウワサになった曲名ですね。
今回はいよいよ、そうなのでしょうか?
そして先週末には文化放送のHPのタイムテーブルに、24日の「氷川きよし節」で”氷川きよし新曲”という記載が!
まあ、楽しみは後になればなるほど増すというものですが、さて、それでは私が何に困るのかというと、その曲の内容なのです。もしウワサの曲が新曲だとすると、どうも”新内流し”に関わるもののようなのです。
以前から、きよしさんと新内流しについては、勝手ながら思うところがあって、新内流しについては個人的に思い入れがあったのです。
ですので新曲の話題とはかけ離れてしまいますが、私の思いを少し書いてみたくなりました。
妄想と言われても弁解できない内容だと思いますので、以下はその点をご了解のうえ、お読みいただければ幸いです(そうでなければ、読んでもなんだあとがっかりされると思いますので、あらかじめおことわりさせていただきました)。
私は、数年前、仕事で1年間、伝統芸能のページ作りを担当していたのですが、それがきっかけでそれまでまったく興味のなかった新内節に興味を持つようになったのです。
とはいえ、私もそれほど新内節について詳しくはないのですが、
浄瑠璃は三味線に合わせて節をつけて物語を語っていくもので、その節回しによって義太夫、清元、常磐津、新内など種類が分かれています。義太夫は大阪で生まれましたが、新内は江戸独自の浄瑠璃です。
かつては遊郭や町の中を流して歩く”新内流し”というものがあり、男性は着流しに、頭に手ぬぐいを被り、三味線を弾き、歌ったのだそうです
そんな折、人間国宝である新内仲三郎さんが、新内節と越中八尾の民謡行事「おわら風の盆」とのコラボレーションを実現させた「風に立つ仲三郎」を公演されているのを知り、観に行ったのでした。
新内仲三郎さんは「風の盆にも街流しという、新内流しと共通するものがあり、リズムもゆったりしているし、三味線の歌、呼吸が何ともいえない雰囲気なので、一緒にやれないものか」と以前から思っていたのだそうですが、劇場の中に歌声がこだまし、まるで無限の宇宙空間になったかのような錯覚に陥りましした。そんな夢の続きのような幻想的な舞台にすっかり魅せられたのでした。
そして、その後、ある雑誌に最相葉月さんが書かれた新内流しのルポを読んだ時から、ずっと、きよしさんのような新内流しの方がもしいたとしたら、あるいはきよしさんが新内流しをしたら? と想像しては一人ドキドキしていたのです。
皆さん、良かったら想像してみてください。
(舞台は一気に江戸時代に遡ります)
江戸、吉原の夕闇。どこからともなく、きよしさんが歌う新内節が聞こえてきます。
着流しに手ぬぐいを被り三味線を片手に、きよしさんが哀切をおびた歌声で歌っています。
通りすがりに心惹かれる魅惑的な歌声の主のほうを振り返ってみると、一瞬月明かりがさして、きよしさんの美しい横顔がうかびあがります。
その魅惑的な声と月明かりに照らされた伏し目がちでどこか寂しげな美しい横顔―――。
今、すれ違ったと思ったら、その声はどんどん遠ざかっていきます。
私、今、夢を見ていたのかしら?
そんな思いにとらわれると、再び風に乗って、遠くからその美しい歌声が聴こえてくるのでした。
忘れられないあの美しい声、そして瞳。あの方はどなた?
なんて、かなり妄想の世界に入ってしまっているでしょうか(笑)?
無理にお付き合いさせてしまったとしたら、本当にごめんなさい。
ただ私はそんなふうに、江戸時代に新内流しをされていた方の中には、きよしさんのように素敵な方がいらしたかもしれないなあという想像から、きよしさんがもし新内流しをしたら? と想像が止まらなくなってしまったのでした。
ですので、新曲がウワサ通りに”新内流し”に関わるものでしたら、どんな曲になるのかは皆目見当もつかないのですが、私は素敵過ぎるきよしさんいにまたまた困ってしまいそうで、何だか自分が怖いくらいなのです。
もう今でも、きよしさんの大ファンと言っても良いかと思う私ですが、このままどこまでファンになってしまうのか、想像がつかないところに怖ささえ感じています。
この気持ち、わかっていただけるでしょうか?
きっと近々に新曲の詳細も発表になりますよね。本当に心待ちにしていたいと思います。