ここのところ忙しい日々が続いています。
年が明けてから、私が新人編集者時代からご縁があり、お世話になっている映画監督の方の本を作ることが決まって、その準備に入っています。もう10年ほど前になりますが、初めてその監督にお会いすることになった時、そのスタイリッシュで過激な作品から、怖くて近寄りがたい方なのだろうと単純に想像していたのですが、予想に反して監督はとても穏やかで愛情深く、礼節を重んじる方でした。学生時代から映画を撮り続け、天才と謳われてきたその方には、大人になっても変わらず子どもの頃の無垢な好奇心や探究心、そしてもの作りへの情熱が宿っていることを感じて、感動しました。
そして天才というのは、そういった無垢なる魂を持ち続けることのできる人のことなのではないだろうかと感じさせてくださったのでした(きよしさんにも同様の思いを抱きます)。

以前にも一度、その監督の単行本を作らせていただいたのですが、その時は生い立ちから全作品までをうかがうということで、8時間近く(4日間くらいに分けて)インタビューさせていただいたのでした。
ちなみにこのロングインタビューを仕上げるには相当な時間がかかったのですが、原稿を作るためにPCに向かっている時は、ずっとずっときよしさんのCDを流していて、きよしさんに励ましていただいていました。
監督はその後も素晴らしい作品を撮り続け、今年は特に大きな作品が公開されるので、再び単行本を作るということになったのです。
そんなわけで忙しくなる前に、その監督の過去の作品も見直しておかなくてはと思って、この週末はDVDを何本も見ていました。そして保管しておいたその監督の資料の入っている箱を開けて必要なもののチェックもしたのでした。

そうしたら、その箱の中にさらに入っていた小箱の中に、私が初めて原稿料なるものをいただいた時の原稿を見つけました。
それは私が中学生の時に読売新聞の「放送塔」に投稿したもので、その時の紙面が残っていたのです。
「放送塔」は皆さん、ご存知かと思いますが、読売新聞のテレビ欄に枠囲みで読者のテレビ番組の感想が(だいたい2つ)掲載されているのですが、そのコーナーの名称です。
中学生だった私は、テレビアニメを見て、よほど感動したらしく、投書したのはこの時一度切りだったかと思うのですが、朝、読売新聞を見たら自分の投書が載っていました。その日は学校に行くと、何人かの先生に「放送塔、○○さんだよね、読んだよ」と言われ、お昼休みには教頭先生に職員室に呼ばれました。
教頭先生は「自分の感じたことが素直に書いてあってとってもよかったですよ。あなたの感動を自分の中だけで終わらせないで、みんなに伝えるというのは素晴らしいことです。先生はとても嬉しかったです」
というようなことを言ってくださって、「これからもどんどん書いてくださいね」と励ましてくださったのでした。
今回、久々に読んでみたのですが、自分の思考回路がまったく変わっていないことに驚きました(笑)。
さて中学生の私は以下のようなことを書いていました。

【放送塔】
○日の○○テレビ「○○○○○○」はとてもよかった。いつもコールド負けの○○中学の野球部員が、どん底に落ちたところで立ち上がり、雨でも練習する。互いに励まし合い、全力をつくして、初めて勝った。努力した後に成し得た、そのよろこびは、見ている私にもよく伝わってきました。私は、やる気があれば何でも出来る、そんな気持ちでいっぱいです。ぜひ再放送を。

東京都○○区・中学生・○○○○○○


何か今の私の書いている内容と変わらなくありませんか?
読点の打ち方もほとんど変わりませんし、何より思考回路が同じだなあと感じます。
私の場合、先に話題にした映画監督の無垢なる魂には及ぶべくもなく、逆に成長していないってことかしら? なんて思ってしまうのですが。
数日後に定額小為替が送られてきて、わら半紙に”稿料として○○円をお支払いいたします”というようなことが書かれていたように記憶しています。稿料はたしか2000円くらいだったのではなかったかと思います。
この時は自分が将来、文章を書く仕事をするだなんてまたく思っていませんでしたが、今にして思えば、人生初めての原稿料だったことになります。
多分、投書したのは再放送してほしかったからだと思うのですが、教頭先生はじめ、先生たちが喜んでくださって、そのことが自分でもとてもうれしかったという貴重な体験をさせていただいたのです。

追伸:今、この記事を書き終えてアップしたら、皆さんのおかげで来訪者数が15万人を超えていました。ありがとうございます。
今週前半は少し予定がタイトなのですが、仕事が落ち着きましたら、あるラジオの公開放送での体験を書きたいと思っています。