2009年12月20日。きよしさんは第42回日本有線大賞を『ときめきのルンバ』で受賞されました。本当におめでとうございます(もうあの感動の瞬間から1ヶ月が経とうとしているのですね。時の経つ早さには驚きます)。
きよしさんは2年ぶり5度目の受賞(歴代最多)。そして最多リクエスト歌手賞、最多リクエスト曲賞も受賞され、3冠も達成され、その様子は生放送されましたので、すでに皆さんのご存知の内容も多いかと思いますが、当日のことを振り返ってみます。
きよしさんは2年ぶり5度目の受賞(歴代最多)。そして最多リクエスト歌手賞、最多リクエスト曲賞も受賞され、3冠も達成され、その様子は生放送されましたので、すでに皆さんのご存知の内容も多いかと思いますが、当日のことを振り返ってみます。

ちなみにこの催しの正式な名称は「日本有線大賞」受賞発表音楽会というのだそうです。2008年は、きよしさん、「きよしこの夜Vol.8」の日と重なったので、私も終演後猛ダッシュで会場の中野サンプラザに移動したことが思い出されるのですが、2009年はTBSのスタジオ内で開催ということで、ぜひ行きたいと思って、観覧の申し込みはしたもののスタジオでは座席数が少ないでしょうから、きっと無理なのだろうなあと思っていました。
このブログにも少しだけ書きましたが、きよしさんの「きよしこの夜Vol.9」の1日目、12月14日のことです。夜の部が終わって会場の国際フォーラムから友人のKさんと軽く食事をしようと有楽町方面に向かって歩いていたのですが、携帯に見知らぬ電話番号の着信記録がありました。仕事柄、そういうことはよくあるのですが、留守電には何も入っていないし、折り返そうかしら? と思ったら、再び電話がなりました。それが有線大賞の観覧の連絡でした。電話の方は感じの良い方で、「差し迫ってのご連絡となりましたが、ご都合は大丈夫でしょうか?」などと控え目に話されます。私がうれしくて、「予定は大丈夫です。ありがとうございます」と思わず言うと、「どうもおめでとうございます」と優しく言ってくださったのが印象的でした。相手の方が話している時に、Kさんに「ユ・ウ・セ・ン!」と声を出さずに口の形で合図しました。Kさんは私のすぐ横に来て耳をすましていますが、その目はもううるうるしていました。電話が終わり、フォーラムの横で二人で手を取り合って喜びました。夢のようでした。
このブログにも少しだけ書きましたが、きよしさんの「きよしこの夜Vol.9」の1日目、12月14日のことです。夜の部が終わって会場の国際フォーラムから友人のKさんと軽く食事をしようと有楽町方面に向かって歩いていたのですが、携帯に見知らぬ電話番号の着信記録がありました。仕事柄、そういうことはよくあるのですが、留守電には何も入っていないし、折り返そうかしら? と思ったら、再び電話がなりました。それが有線大賞の観覧の連絡でした。電話の方は感じの良い方で、「差し迫ってのご連絡となりましたが、ご都合は大丈夫でしょうか?」などと控え目に話されます。私がうれしくて、「予定は大丈夫です。ありがとうございます」と思わず言うと、「どうもおめでとうございます」と優しく言ってくださったのが印象的でした。相手の方が話している時に、Kさんに「ユ・ウ・セ・ン!」と声を出さずに口の形で合図しました。Kさんは私のすぐ横に来て耳をすましていますが、その目はもううるうるしていました。電話が終わり、フォーラムの横で二人で手を取り合って喜びました。夢のようでした。

【第42回の入場券】

【参考・第41回の入場券】
放送開始前には小島よしおさんが前年に引き続き前説を担当(一昨年は途中入場だったので知りませんでしたが)。『ときめきのルンバ』のかけ声もここで練習しました。
当日、用意していった受賞のお祝いのボード(上は作成途中)です。前日に急遽作りました。
昨年中野サンプラザでのコンサートの時に作ったものよりもさらに大きなものになりました。
昨年中野サンプラザでのコンサートの時に作ったものよりもさらに大きなものになりました。


私は結局当日は日中、仕事になってしまいました。実は先に編集者の方に誘われていた朗読劇を見てからTBSにと思っていたのですが、そのお芝居はやむなくお断りし、仕事を終らせてから赤坂に向かいました。事前の案内にも書かれていましたが今回は座席数は200席ということで、まずは赤坂サカス内の控え室に集合しました。
どなたが誰のファンなのかその時点ではわかりませんでしたし、座席も局の方が決めたので何名かいたきよしさんのファンは散り散りになってしまいました。
局内に入り、スタジオに誘導されました。スタジオに入ると、立派なステージの裏側は学芸会の舞台の裏側と変わらないような感じです。舞台のすぐ横が通路になっているのですがものすごく狭いスペースでした。ぴっちりと暗幕が張られて床はベニヤ板です。そしてそこには無数のコードが走っていて、ところどころガムテープで留められていました。その通路を通ってテレビにも映ったあの客席へと誘導されました。きよしさん達もここを通って行き来するのです。私たちはテレビで放映されている華やかな舞台の上しか見ることができませんが、実際は、きよしさんもあんなに狭くてコードだらけの通路を通って、一転、華やかなライトの当たったステージに立たれるのですね。そして場内はテレビで見るより、ずっと小さな空間でした。
どなたが誰のファンなのかその時点ではわかりませんでしたし、座席も局の方が決めたので何名かいたきよしさんのファンは散り散りになってしまいました。
局内に入り、スタジオに誘導されました。スタジオに入ると、立派なステージの裏側は学芸会の舞台の裏側と変わらないような感じです。舞台のすぐ横が通路になっているのですがものすごく狭いスペースでした。ぴっちりと暗幕が張られて床はベニヤ板です。そしてそこには無数のコードが走っていて、ところどころガムテープで留められていました。その通路を通ってテレビにも映ったあの客席へと誘導されました。きよしさん達もここを通って行き来するのです。私たちはテレビで放映されている華やかな舞台の上しか見ることができませんが、実際は、きよしさんもあんなに狭くてコードだらけの通路を通って、一転、華やかなライトの当たったステージに立たれるのですね。そして場内はテレビで見るより、ずっと小さな空間でした。
あとで放送の録画も見てみましたが、きよしさん、堂々とはされていますが、やはりとても緊張されていましたね。いきものがかりさん、遊助さんと一緒に舞台に登場し、過去の受賞者の思い出のシーンを一緒に見ていきましたが、きよしさん、テレビに映っている時も、あまり笑ってはいなかったのでなないかと思います。テレビに映っていない時には、肩を動かしたり、手を握ったり、口を動かしたり、上を向いたり下を向いたりと、何かしらからだを動かしていました。そんなきよしさんの様子から恐ろしいほどの緊張感が伝わってきたのでした。
ところで、きよしさんがからだを動かしているのは落ち着かなくてそうしているのとは少し違うのだと思います。もちろん私たちがそんなふうにするのは落ち着かない時だと思いますが、きよしさんの場合はその逆で、ものすごく集中している時にそうなってしまうように感じました。そんなきよしさんの緊張が刺すように伝わってきて、なんだか息がつまるような思いになってきたのでした。もちろん、きよしさん、そんなプレッシャーを跳ね返すかのように『ときめきのルンバ』を熱唱してくださいました。本当にあの勇姿、深いまなざし、今でも脳裏に焼き付いています。
ところで、きよしさんがからだを動かしているのは落ち着かなくてそうしているのとは少し違うのだと思います。もちろん私たちがそんなふうにするのは落ち着かない時だと思いますが、きよしさんの場合はその逆で、ものすごく集中している時にそうなってしまうように感じました。そんなきよしさんの緊張が刺すように伝わってきて、なんだか息がつまるような思いになってきたのでした。もちろん、きよしさん、そんなプレッシャーを跳ね返すかのように『ときめきのルンバ』を熱唱してくださいました。本当にあの勇姿、深いまなざし、今でも脳裏に焼き付いています。
そして有線音楽優秀賞受賞者のラストである倖田來未さんが歌う前のコマーシャルの時に、観覧席中央に座っていた方が退席し、入れ替わりに受賞された皆さんが1列になって観覧席側に歩いてきたのでした。特にアナウンスがあるわけでもなく、あっという間のことで、きよしさんも段々こちらに近づいてくるのがわかりました。
その時です。いつもは控え目なKさんが「マルルさんは声が通るから、きよし君に声かけて。私が”せーの”というから一緒に、ね、お願い」と言うのです。私たちの座席の近くにはきよしさんのファンの方はいませんでしたので、ええっー! 恥ずかしいという思いが正直あったのですが、でもそんなこと言っている場合ではないですよね。私、うなずきました。
と、いよいよきよしさんがすぐ近くに来ました。一点を見つめて表情はとても強ばっているように見えます。
Kさんが「いっせーのせ!」と言いました。
「きよしさんっ!」
思っていたよりずっと大きな声が出ました、緊張していましたし慣れないことをしましたので、声が相当に引きつっていたのではないかと思います。
そして受賞者の皆さんが着席され、倖田さんの歌が始まりました。
入場された時からずっときよしさんの表情には笑顔はない様子でした。きっときよしさんが受賞できるはず。でもでも発表のその瞬間までは絶対とは言えないのだなあ。頭の中ではそんな思いが堂々巡りしていました。先に最優秀新人賞が発表されBIGBANGが受賞。舞台に上がって、受賞の喜びを語られましたが、そこで再びコマーシャルとなり、いよいよ日本有線大賞の発表となりました。
実際はそれほど長い時間ではないのですが、場内の空気自体がビリビリと張り詰めていて、わずかな時間も、ものすごく長い時間に感じられ、私は息苦しくてたまらなくなっていました。その重圧にその場で叫び出したいくらいでした。
そして草野仁さんが日本有線大賞受賞者を発表。「氷川きよしさん!」ときよしさんの名前を読みあげたのでした。あの瞬間、本当にうれしかったですが、見ているだけの私も、まずは大きく一息つきました。それから用意していったお祝いボードを掲げたのでした。
その時です。いつもは控え目なKさんが「マルルさんは声が通るから、きよし君に声かけて。私が”せーの”というから一緒に、ね、お願い」と言うのです。私たちの座席の近くにはきよしさんのファンの方はいませんでしたので、ええっー! 恥ずかしいという思いが正直あったのですが、でもそんなこと言っている場合ではないですよね。私、うなずきました。
と、いよいよきよしさんがすぐ近くに来ました。一点を見つめて表情はとても強ばっているように見えます。
Kさんが「いっせーのせ!」と言いました。
「きよしさんっ!」
思っていたよりずっと大きな声が出ました、緊張していましたし慣れないことをしましたので、声が相当に引きつっていたのではないかと思います。
そして受賞者の皆さんが着席され、倖田さんの歌が始まりました。
入場された時からずっときよしさんの表情には笑顔はない様子でした。きっときよしさんが受賞できるはず。でもでも発表のその瞬間までは絶対とは言えないのだなあ。頭の中ではそんな思いが堂々巡りしていました。先に最優秀新人賞が発表されBIGBANGが受賞。舞台に上がって、受賞の喜びを語られましたが、そこで再びコマーシャルとなり、いよいよ日本有線大賞の発表となりました。
実際はそれほど長い時間ではないのですが、場内の空気自体がビリビリと張り詰めていて、わずかな時間も、ものすごく長い時間に感じられ、私は息苦しくてたまらなくなっていました。その重圧にその場で叫び出したいくらいでした。
そして草野仁さんが日本有線大賞受賞者を発表。「氷川きよしさん!」ときよしさんの名前を読みあげたのでした。あの瞬間、本当にうれしかったですが、見ているだけの私も、まずは大きく一息つきました。それから用意していったお祝いボードを掲げたのでした。

※観客の方のお顔がわかる部分はペイントしておきました。
テレビに一瞬この画像が映りました。この大きなボードの裏側に私とKさんがいます。あまりに大きなボードだったので、自分たちは映りませんでしたが、しっかりとボードが映って良い記念になりました。
この時、後ろの席の方に
「申し訳ありませんが、メッセージボード少しの間あげても大丈夫ですか」
と声をかけたのですが、皆さん、笑顔で「どうぞどうぞ」と言ってくださいました。
その上さらに嬉しかったのは、大きすぎるボードを私たちの隣の席の方たちが一緒に手伝って持ってくださったことでした(二人なのにそんなに大きなボードを作るなんて、私はつくづくあとさき考えないタイプですね)。
この時、後ろの席の方に
「申し訳ありませんが、メッセージボード少しの間あげても大丈夫ですか」
と声をかけたのですが、皆さん、笑顔で「どうぞどうぞ」と言ってくださいました。
その上さらに嬉しかったのは、大きすぎるボードを私たちの隣の席の方たちが一緒に手伝って持ってくださったことでした(二人なのにそんなに大きなボードを作るなんて、私はつくづくあとさき考えないタイプですね)。
そして、きよしさん、受賞の喜びを笑顔で語り『ときめきのルンバ』を歌ってくださったのでした。まさに目くるめく夢のような時間でした。
私とKさんは感動でしばしぼうっとしていましたが、再び周囲の方に
「ご協力ありがとうございました」
とお礼を言いました。すると私のお隣の席の方が私の手をとって、「氷川さんが受賞されてよかったですね。私たちも感動しました」
と言ってくださいました。
「でもこんな立派なものを作られて、もし受賞されなかったらそのまま持ち帰るつもりだったんですか?」
もう一人の方がそう言いました。
私もそう言われて、きよしさんがもし受賞されなかったらなどということを、まったく考えていなかったことに気付きました(笑)。
ちなみにV5という文字を作る時に、なぜだかV6と作ってしまい、V5を作り直したのですが、これって未来の予知でしょうか?
私とKさんは感動でしばしぼうっとしていましたが、再び周囲の方に
「ご協力ありがとうございました」
とお礼を言いました。すると私のお隣の席の方が私の手をとって、「氷川さんが受賞されてよかったですね。私たちも感動しました」
と言ってくださいました。
「でもこんな立派なものを作られて、もし受賞されなかったらそのまま持ち帰るつもりだったんですか?」
もう一人の方がそう言いました。
私もそう言われて、きよしさんがもし受賞されなかったらなどということを、まったく考えていなかったことに気付きました(笑)。
ちなみにV5という文字を作る時に、なぜだかV6と作ってしまい、V5を作り直したのですが、これって未来の予知でしょうか?
恐ろしいほどに緊張したきよしさんの姿は、本来はファンには絶対に見せることのない姿なのだと思います。そしてそういう意味ではできれば見てはいけない姿なのかもしれません。
でも襲いかかってくるかのようなプレッシャーに耐え忍んでいる、そんなきよしさんを目の当たりにすると、胸が締め付けられるように切なくなり、そして尚いっそうその存在が愛おしく思えるのでした。そんなきよしさんを愛さずにはいられないのです。
でも襲いかかってくるかのようなプレッシャーに耐え忍んでいる、そんなきよしさんを目の当たりにすると、胸が締め付けられるように切なくなり、そして尚いっそうその存在が愛おしく思えるのでした。そんなきよしさんを愛さずにはいられないのです。
さて、昨年はその3日後の12月23日に放送された「氷川きよし節」(文化放送)で、きよしさんご自身が日本有線大賞の受賞、そして3冠達成について語っていました。
【史上最多5度目の受賞について】
10周年にまた素晴らしい賞をいただいて感激しましたし、有線大賞はファンの皆様、おひとりひとりが電話をしてリクエストをしてくださった結果なので、賞をいただいてさらにがんばっていかないといけないなという、身がひきしまる思いでいただきまして。また責任を感じました。またがんばります。
10周年にまた素晴らしい賞をいただいて感激しましたし、有線大賞はファンの皆様、おひとりひとりが電話をしてリクエストをしてくださった結果なので、賞をいただいてさらにがんばっていかないといけないなという、身がひきしまる思いでいただきまして。また責任を感じました。またがんばります。
【3冠達成について】
いつも有線大賞に出させていただくと、もったいないお話だと思いながら、自分が出るのがおこがましいなと思いながら出させていただいているんですけれども、3冠をいただいたことで支持してくださって応援してくださる皆さんが喜ぶ顔が、やっぱり嬉しいですよね。
人が喜ぶ顔っていうのが嬉しくてやっているんだなっていうふうにあらためて。自分のためでもあるんですけど。やっぱり人のために歌いたいとか伝えたいというのはすごく大事で。
喜んでもらうってことを、これからも大事にしていかないといけないというふうに事務所の社長にも言われまして。喜んでいただければ結果的に良い方向に行くわけじゃないですか。これからも皆さんに喜んでいただけるようにがんばっていきたいと思います。
本当に有線大賞、皆さん、ありがとうございました。
いつも有線大賞に出させていただくと、もったいないお話だと思いながら、自分が出るのがおこがましいなと思いながら出させていただいているんですけれども、3冠をいただいたことで支持してくださって応援してくださる皆さんが喜ぶ顔が、やっぱり嬉しいですよね。
人が喜ぶ顔っていうのが嬉しくてやっているんだなっていうふうにあらためて。自分のためでもあるんですけど。やっぱり人のために歌いたいとか伝えたいというのはすごく大事で。
喜んでもらうってことを、これからも大事にしていかないといけないというふうに事務所の社長にも言われまして。喜んでいただければ結果的に良い方向に行くわけじゃないですか。これからも皆さんに喜んでいただけるようにがんばっていきたいと思います。
本当に有線大賞、皆さん、ありがとうございました。
きよしさん、こちらこそ一緒に大きな夢を見させてくださってありがとうございます。
日本有線大賞、そして3冠達成。おめでとうございました。
素晴らしい10周年のフィナーレを飾ってくださってありがとうございました。
もうV6の文字も作ってあります(笑)。11周年の今年が昨年以上に充実した素晴らしい年になりますように!
日本有線大賞、そして3冠達成。おめでとうございました。
素晴らしい10周年のフィナーレを飾ってくださってありがとうございました。
もうV6の文字も作ってあります(笑)。11周年の今年が昨年以上に充実した素晴らしい年になりますように!