今日はもう、10月4日。きよしさんは今、どんな気持ちで過ごされていることでしょうか。
きっと、心地よい疲れを癒しながら、感動の余韻を味わっていらっしゃっるのではないかしら?
そんなふうに想像している私です。
さて、10月1日、2日、日本武道館で行われた「氷川きよし 10周年記念コンサート~歌・命~」も、三公演が大成功に、そして無事に終わりました。
コンサートが決まったその日から、楽しみに楽しみに、指折り数えて待ちに待って、ようやく迎えたその日でしたが、ファンの熱い熱い期待を遙かに超える素晴らしいコンサートに、今もまだ、会場いっぱいの、それこそ降るようなあたたかな愛、そして感動に包まれているように感じます。
氷川きよしという歌手の誕生、そして出会いに幸せを感じ、だからこそあらゆるものへの感謝の気持ちがわきあがってきます。
さて、コンサートのファイナル、2日の夜の部を少し振り返ってみようと思います。
2日目の夜の部では、これまでのコンサートのメモリアル映像が映し出された後、舞台に登場された、きよしさんは、涙ぐんでいらっしゃいました。きっとその胸にははかり知れない様々な思いが去来されたのでしょうね。そして会場を見渡して何ともいえず幸せそうに微笑まれましたが、その微笑には神々しささえ感じました。
今、目をつぶってその微笑を思い浮かべると、それだけで目頭が熱くなってしまいます。そしてそんなふうに一緒に涙がこぼれてしまう自分自身に対しても、きよしさんと共に歩んできた10周年の重さをずっしり感じ、感動してしまったのでした。
きよしさんは、10周年で伝えたかった思いをこのコンサートで、すべて歌に込めて伝えて下さいました。氷川きよしの圧倒的な歌唱力、まぶしいほどの魅力、そして誠実さ、あふれる愛、どれだけ言葉を重ねても、表現し尽くせないほどに、氷川きよしのすべてがその歌声に凝縮されているように感じました。
それでも、あえて言葉にされた
「氷川きよしは一生涯、演歌歌手です」
「これからも見守っていてください」
「応援をよろしくお願いいたします」
そんな、きよしさんの心いっぱいのメッセージに、胸熱くなってしまったのでした。
三公演のまさにファイナル、割れるような”きよしコール”、優しく揺れる無数のペンライト、そのファンの思いを受け止めながらも、涙を最後までこらえて、こらえたきよしさん、アンコールで登場して「きよしシリーズ」ということで、『きよしのソーラン節』を歌い、次の『きよしの森の石松』のあたりで、泣き出しそうになるのを堪えているように見えました。
そういえば『きよしのソーラン節』は2コーラスでしたが、きよしさんあえて、2番の歌詞を歌われていましたね(コンサートツアーでは2コーラスなら1番と3番を歌っていますものね)。そんなところにもきよしさんなりのこだわりがあるのだなあと感じました。
そして『きよしの一心太助』を明るく、爽やかに歌い、いよいよ『きよしのズンドコ節』。歌いながら、下手、上手、中央と舞台を移動します。
最初、下手側ではがんばって歌い切りましたが、そのまま、上手に向かって走って、大きく跳躍して下さった後、上手側で2番を歌い出そうとしたら、きよしさん、いよいよ感極まって涙で歌えなくなってしまいました。
きよしさん、思わず客席に向き直りました。でももう、どうにも涙で歌えないのです。そんなきよしさんの様子に会場の皆が、いっそう大きな声で歌い出しました。そんなファンの温かさを受けて、きよしさん、泣き笑いのような表情になりました。そして上手の突き当たりのギリギリまで進んで、前かがみになりながら、号泣し、マイクを持った方の手を突き当たりの前方にいらっしゃる1階席の方たちのほうに、グッと近づけました。
その時、口元からはマイクを離していたので、きよしさんの声が聞こえるはずはないのですが、私には、きよしさんの全身が涙で小刻みにふるえている様子に、何だかおいおいという泣き声が聞こえてくるような気がしました。
あの瞬間、きよしさん、まさに感無量になっていらっしゃったのだと感じました。そしてそんなきよしさんに、見ている私もまた感無量になったのでした。
人が人生の中で、感無量になることは、そうあることではないと思います。でも、私は、きよしさんと出会ってから、どれほどの感動を味わわせていただいたことでしょう。そして何度、嬉し涙を流しながら、一緒に歌わせていただいたことでしょう。
奇跡の歌声をありがとう。
あふれる愛をありがとう。
今は、ただただ「ありがとう」という気持ちです。
きっと、心地よい疲れを癒しながら、感動の余韻を味わっていらっしゃっるのではないかしら?
そんなふうに想像している私です。
さて、10月1日、2日、日本武道館で行われた「氷川きよし 10周年記念コンサート~歌・命~」も、三公演が大成功に、そして無事に終わりました。
コンサートが決まったその日から、楽しみに楽しみに、指折り数えて待ちに待って、ようやく迎えたその日でしたが、ファンの熱い熱い期待を遙かに超える素晴らしいコンサートに、今もまだ、会場いっぱいの、それこそ降るようなあたたかな愛、そして感動に包まれているように感じます。
氷川きよしという歌手の誕生、そして出会いに幸せを感じ、だからこそあらゆるものへの感謝の気持ちがわきあがってきます。
さて、コンサートのファイナル、2日の夜の部を少し振り返ってみようと思います。
2日目の夜の部では、これまでのコンサートのメモリアル映像が映し出された後、舞台に登場された、きよしさんは、涙ぐんでいらっしゃいました。きっとその胸にははかり知れない様々な思いが去来されたのでしょうね。そして会場を見渡して何ともいえず幸せそうに微笑まれましたが、その微笑には神々しささえ感じました。
今、目をつぶってその微笑を思い浮かべると、それだけで目頭が熱くなってしまいます。そしてそんなふうに一緒に涙がこぼれてしまう自分自身に対しても、きよしさんと共に歩んできた10周年の重さをずっしり感じ、感動してしまったのでした。
きよしさんは、10周年で伝えたかった思いをこのコンサートで、すべて歌に込めて伝えて下さいました。氷川きよしの圧倒的な歌唱力、まぶしいほどの魅力、そして誠実さ、あふれる愛、どれだけ言葉を重ねても、表現し尽くせないほどに、氷川きよしのすべてがその歌声に凝縮されているように感じました。
それでも、あえて言葉にされた
「氷川きよしは一生涯、演歌歌手です」
「これからも見守っていてください」
「応援をよろしくお願いいたします」
そんな、きよしさんの心いっぱいのメッセージに、胸熱くなってしまったのでした。
三公演のまさにファイナル、割れるような”きよしコール”、優しく揺れる無数のペンライト、そのファンの思いを受け止めながらも、涙を最後までこらえて、こらえたきよしさん、アンコールで登場して「きよしシリーズ」ということで、『きよしのソーラン節』を歌い、次の『きよしの森の石松』のあたりで、泣き出しそうになるのを堪えているように見えました。
そういえば『きよしのソーラン節』は2コーラスでしたが、きよしさんあえて、2番の歌詞を歌われていましたね(コンサートツアーでは2コーラスなら1番と3番を歌っていますものね)。そんなところにもきよしさんなりのこだわりがあるのだなあと感じました。
そして『きよしの一心太助』を明るく、爽やかに歌い、いよいよ『きよしのズンドコ節』。歌いながら、下手、上手、中央と舞台を移動します。
最初、下手側ではがんばって歌い切りましたが、そのまま、上手に向かって走って、大きく跳躍して下さった後、上手側で2番を歌い出そうとしたら、きよしさん、いよいよ感極まって涙で歌えなくなってしまいました。
きよしさん、思わず客席に向き直りました。でももう、どうにも涙で歌えないのです。そんなきよしさんの様子に会場の皆が、いっそう大きな声で歌い出しました。そんなファンの温かさを受けて、きよしさん、泣き笑いのような表情になりました。そして上手の突き当たりのギリギリまで進んで、前かがみになりながら、号泣し、マイクを持った方の手を突き当たりの前方にいらっしゃる1階席の方たちのほうに、グッと近づけました。
その時、口元からはマイクを離していたので、きよしさんの声が聞こえるはずはないのですが、私には、きよしさんの全身が涙で小刻みにふるえている様子に、何だかおいおいという泣き声が聞こえてくるような気がしました。
あの瞬間、きよしさん、まさに感無量になっていらっしゃったのだと感じました。そしてそんなきよしさんに、見ている私もまた感無量になったのでした。
人が人生の中で、感無量になることは、そうあることではないと思います。でも、私は、きよしさんと出会ってから、どれほどの感動を味わわせていただいたことでしょう。そして何度、嬉し涙を流しながら、一緒に歌わせていただいたことでしょう。
奇跡の歌声をありがとう。
あふれる愛をありがとう。
今は、ただただ「ありがとう」という気持ちです。