8日の「歌謡コンサート」の記事へのコメントありがとうございました。
10日の静岡市民文化会館でのコンサートで、きよしさんご自身が「歌謡コンサート」の裏話をたくさんして下さったので、コンサートのご報告の中でお知らせしたいと思っています。
さて、その前に、私自身がとても嬉しかったことがありました。「歌謡コンサート」の翌日、父が、家で仕事をしている私にその日の予定を聞いてきました。
私は「午後一件行くところがあるのでお昼を食べてから出かける」と言うと、父は食事をしたいお店があるらしく、自分も午後から新宿で用事があって車で行くから、早めに出て新宿でランチをしないかというので、一緒に出かけることにしました。
さて、食事をしている時に、父とあれこれ話しているうちに、前夜の「歌謡コンサート」の話になりました。このブログを読んで下さっている皆さんは、うすうすお感じになっていらっしゃるかと思うのですが、両親も弟も歌には厳しく、きよしさんのことを認めてはいるものの手放しで褒めるといようなことはほとんどないのです。

父は私が観覧に行っていたことは母から聞いて知っていたのですが、誰が良かった、良くなかったというような話になりました。父は寡黙なほうで、自分からあれこれ話すタイプではありませんが、私が要所要所を聞いていくと、兵庫ケンイチさんをとても褒め、そして美川憲一さんの『ろくでなし』も気に入ったようでした。父からはきよしさんの名前は出てこなかったので、
私は「『霧子のタンゴ』は聴いたの?」と聞いてみました。
すると
「氷川きよしが○○するんじゃないか」(呼び捨てでごめんなさい。父はきよしさんのことをそう呼んでいます)
と言いました。私は肝心な部分がよく聞き取れなくて、
「お父さん、今、何て言ったの?」
と聞き返しました。すると
「フランク永井の歌を、氷川きよしが受け継ぐんじゃないか」
と答えが返ってきました。
私は「そうかな」
とだけ答えて、ちょうど食事が運ばれてきたので、その食事の話題に移りました(この時は、あまりに嬉しくて言葉が何も出てこなかったのです)。

でも心の中で、そうか、そうなんだと、父の言葉がくるくるまわっていました。
父は音楽の専門家でもなんでもありませんが、仕事ひとすじに生きてきた人生で歌をこよなく愛し、中でもフランク永井さんがとりわけ好きでした。以前も記事に書いたことがありますが銀座のクラブでフランクさんをお見かけして、お酒をプレゼントさせていただいたり、もっとそれ以前に、地方から上京したばかりで、これからがんばって行かなければという時に、キャンペーンか何かでたまたまお会いしたフランクさんに握手をして励ましていただいたこともあるのだそうです。
そんなフランクさんの大ファンの父が、きよしさんの『霧子のタンゴ』を聴いて、フランクさんの歌をきよしさんが受け継ぐんじゃないのかと言うなんて。それ以上の賛辞はないように私には思えました。

父と食事をして別れて仕事先の事務所へ向かう道々、何だかわれ知らず目頭が熱くなってしまいました。
父の影響で私もフランク永井さんが好きで、いつかきよしさんにフランクさんの歌を歌ってほしいなあと思ってきました。昨年から今年にかけて『おまえに』、『君恋し』を歌って下さり、そして今回は『霧子のタンゴ』。
そして父にそんなふうに言ってもらえて。思えば私が聞く父の初めてのきよしさんへの賛辞でしたので、とても個人的なことではありますが、私にとっては、きよしさんファンとしての10周年の記念すべき出来事のひとつとなりました。いつか父が、「きよしさんのコンサートに行ってみたいなあ」と言ってくれたらいいなあなんて今度は思っています(人に誘われたら逆に絶対に行くことのない超天邪鬼な父なのです)。

さて、そして私がきよしさんに歌ってほしいフランクさんの曲のひとつに『大阪ろまん』があります。今回『霧子のタンゴ』を聴いて、ますますその思いが強まりました。
日本語の美しさ、そして大阪の魅力を感じさせる素晴らしい曲ですが、その中でもきよしさんが”好きやねん”とどんなふうに歌って下さるのか、いつかぜひ聴いてみたいです。
そういえば、フランクさんの楽曲の中でも名曲といわれる『おまえに』は1966年(昭和41年)に『大阪ろまん』が発売されましたが、そのB面だったのだそうです。評判が高かったのでしょうか、経緯はわからないのですが6年後の1972年(昭和47年)にはA面として再発売されて、さらに1977年(昭和52年)に、再録音されているのだそうでうす。

この記事を書くのに、あらためてフランクさんについて調べていたら『有楽町で逢いましょう』は、当初、三浦洸一さんが歌われる予定だったと知りました。
でも作曲された吉田正さんの強い希望でフランクさんが歌うことになったのだそうです。
フランクさんは自殺未遂の後遺症で復帰は難しいとされていましたが、吉田正さんはよくフランクさんをお見舞いされていたという関係者の方のエピソードをたまたま目にしました。吉田正さんは本当にフランクさんの歌声を愛されていたのでしょうね。胸が熱くなりました。


※PCの方しかご覧になれませんが、昭和41年の「NHK紅白歌合戦」でのフランクさんの『大阪ろまん」の歌唱をよかったらお聴き下さい。