「ときめきのルンバ」の出発式に参加して思うことがいろいろありました。実は昨夜、書いてみたかったことがありましたが、睡魔に襲われてしまい、今朝早かったこともあり、今になってしまいました。

さて、この色紙をご覧下さい。

『箱根八里の半次郎』 サイン色紙
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きよしさんのサインの入った「箱根八里の半次郎」の色紙です。右には”長束さん江”ときよしさんの字で書かれています。ちなみに私は”長束さん”ではありませんし、”長束さん”の性別も年齢も何も知りません。
では、なぜこの色紙を持っているのかといいますと、以前オークションで譲っていただいたのです。
ある時、たまたま探し物があって、オークションを細かくチェックしていたのですが、その時、宛名の入ったきよしさんの「箱根八里の半次郎」の色紙が複数、出品されていました。
私は自分宛て色紙は持っていましたが、何だかそのオークションが気になって、出品者がファンの方にということで安価で出品されていたこともあり、私は自分とはまったく関係のない名前”長束さん”宛ての色紙を譲っていただくことになったのです。

いざ落札して出品者の方と連絡をとってみたところ、その方は大阪の守口市でお店を経営されていたのですが、事情があって閉店することになったのだそうです。
そのためいろいろな物を処分しなければならず、その中にきよしさんがデビュー時にキャンペーンにいらして、その時に、お名前を教えていただければ、お名前を入れた色紙を後日お届けしますというお話しになって、後日、きちんとお名前の入った色紙が届けられたのだそうですが、その時来店されていただけで、それ以後、閉店する数年の間に結局いらっしゃることのなかったお客様の色紙が10枚程度あり、処分するのも申し訳なく、宛名が入っていてもかまわないというファンの方がいらっしゃればと出品されたということでした。

きよしさんが一生懸命サインした色紙――。
お店の方も、そのお客様がいらした時に渡そうと大切に保管されていたので、色紙はとてもきれいな状態でしたが、その色紙を眺めて、私には胸にこみあげるものがありました。
よく、きよしさんご自身がキャンペーンの思い出として、団地の一室で行われているカラオケ教室に行って歌わせていただいて、お漬物をすすめられたという心温まるエピソードや金沢でお客さんが一人もいなくなってしまったエピソードを話されます。
私は金沢でのエピソードを新宿コマ劇場での座長公演の時に初めて聞いて、涙したことがありましたが、この色紙を手にしたことで、私にはきよしさんのキャンペーンの様子が、とても生々しく感じられたのです。
たとえどんなに小さな場所であっても、名前も顔も知られていない新人歌手が突然訪れても、歌わせてなどいただけません。それはやはり、それぞれの地の興行師やプロモーターの方が、間に入って歌う機会を作って下さっているわけです。
きよしさんは全国さまざまな場所をまわって、語ることもできないご苦労も多々あったのではないかと思いますが、どんな機会、場所であっても感謝の気持ちを持って、誠実に歌ってこられたのだと思います。
だからこそ、今日があるのでしょう。
その歌声で聴く人を魅了し、また、関わったひとりひとりのスタッフの心をとらえ、「氷川きよしのためならば」と、どんどんやる気にさせていったのだと、私はそんなふうに思っているのです。

「箱根八里の半次郎」が大ヒットした頃、何かのインタビューで「こんなに忙しいのに、どうして、そんなふうにいつも一生懸命でいられるのですか?」と聞かれて、きよしさんが
「どんなに小さな記事でも、もしその記事を読んで、僕の歌を聴いてみようと思う人が一人でもいるかもしれないと思ったら、どんな仕事もおろそかにはできません」
そう答えていました。まだきよしさんは23歳だったと思います。そんなきよしさんに、大学卒業したてで何もわかっていなかった23歳の時の自分を思い出して、とても恥ずかしくなってしまいました。

「ときめきのルンバ」の華々しい出発式も、歌手を目指したその日から、ずっとずっと前向きに生きてきた。そんなきよしさんだからこそ実現したことなのだと思います。

「ときめきのルンバ」のヒット祈願に、どうしても(勝手な思いなのですが)、皆さんにこの大阪の色紙のことをお伝えしたいと思いました。

「ときめきのルンバ」力の限り、魂の限り、応援しましょう!