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皆さんに心から感謝しています。

タイトルの副題に掲げている”氷川きよしの軌跡”についての思いは先日少し書かせていただきましたが、今、輝かしい活躍をされているきよしさんの過去の苦労話はあえてすることはないのかなというような迷いを一時期抱いていました。でも最近、きよしさんご自身が、体調不良で中止せざるを得なかった渋谷CC.Lemonホール(当時は渋谷公会堂)でのコンサートのことも含めて、これまでにご苦労されたお話をされるようになったので、私も迷いはなくなり、過去の出来事はすべて”氷川きよしの勲章”なのだという思いで書いてみればいいのかなという気持ちになりました。
ですので10月1日の10周年記念コンサートまでを目標に書いてみたいと思っています。

そしてこれは、とても個人的なことなのですが、私がこれから文章を書き続けて生きていく上で、どうしても自分自身がきよしさんのおかげで感動のあまり感無量になった瞬間、瞬間を書きとめるということをしてみなければ、ここから先に進めないようなそんな気持ちがずっとずっとあったのです。

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「電車でGO!旅情編」での初々しい股旅姿のきよしさんです(2002年5月1日撮影)



最近のコンサートで何度か、きよしさんが”氷川きよし”という名前についてお話しされた時に、天晴れという名前も気に入っていたというようなことをおっしゃるので、タイトルにその”天晴れ”を付している私は、何だかとっても嬉しい気持ちだったのですが、そんなことから自分でもすっかり忘れていたことを思い出しました。
それは2004年のことです。その年の2月26日は、きよしさんの大阪新歌舞伎座での座長公演の千秋楽(「草笛の音次郎」)の日でした。中日劇場、新宿コマ劇場で公演し、この日が”音次郎”の演じ納めでしたので、どうしても観ておきたかったのですが、幸いFCで当選したので行かれることになりました。前夜、ふと思い立って、きよしさんに手紙を書いたのです。
その手紙に、きよしさんが作り上げた”音次郎”がどんなに魅力的だったか。そしてその演じ納めを観ることの幸せと感謝の気持ちを綴ったように思うのですが、そこに、”氷川きよしの歩み”は伝説となっていくと思います。私はいつか”天晴れHK伝説”というタイトルでHPを作りたいと思っているのです、と。そう書き添えました。

きっと、きよしさんへの手紙に書くことで、自分自身との約束になると考えたのだと思うのですが(きよしさんに懸けて誓うというような気持ちだったのだと思います)、その時はブログのこともまったく知らなかったので、将来的にこうしてブログという形式でスタートさせるなど思いもよりませんでしたし、そんなことを思ってから実際にこのようにブログという形式で書き出すまであっという間に4年が経っていました。
本当にそんなふうにのんびり屋の私ですが、変わらずお付き合いいただけましたら幸せです。

日々、尽きることのない感動を下さる氷川きよしさん、そしてそんな氷川きよしさんへの思いを綴ったこのブログをお読み下さる皆様に、あらためて心から感謝します。

ありがとうございます。