23日、東京は気温がグングン上昇し、暑い1日となりましたが、渋谷はさらにヒートアップしていました。
私は原宿駅から渋谷CC.Lemonホールへ向かったのですが、午後6時前の原宿駅前は大混雑でした。というのも、23日から24、27、28日と計4日間、ドリカムが国立代々木競技場第一体育館でライブコンサートを開催することになっていて、この日はその初日だったからです。
そして、その人混みをどうにかこうにか抜け出し、さらにNHKの方に向かって歩いていくとNHKホールにも人の列が。そう、火曜日は「歌謡コンサート」でしたね。この日は「美空ひばりを歌い継ぐ」をテーマに、出演は秋元順子さん、小椋佳さん、伍代夏子さん、小林幸子さん、島津亜矢さん、清水博正さん、藤あや子さん、松原健之さん、森 進一さん、雪村いづみさんということで、開場を待つ人の長蛇の列でした。
私は今日はその列を横目に通り過ぎ、渋谷CC.Lemonホールに到着しました。こちらはこちらできよしさんファンでにぎわっています。そんなふうにあの地区一体が熱くヒートアップしているように感じられました。
今日は私、最初はお買い物モードになっていました。以前から欲しかったきよしさんの運転免許証を会場前で購入(何種類かあります)。そして会場内ではトートバックを購入しました。
トートバックといえば、今日発売の「女性自身」の”若様の里帰り”と題した3ページのカラーグラビアを見ていたら、1ページ目で玄関の上がり口に腰掛けているきよしさんが手にしているのは、このトートバックではありませんか? そして、3ページ目の気だるそうなきよしさんが枕にしている座布団の右前方にあるのは、浪曲一代の扇子?
やはりそのようですよね。ハッキリと写しているわけではないので、そう言われてみればそうみたいねと気付く程度なのがまたいいですね。私は、今回の古い日本家屋のスタジオで撮影されたこのグラビアはとても気に入って購入しましたが、今、記事にちょっと書いておこうと思って雑誌を見て、このふたつの小道具に気付きました。
さてそんな楽しいお買い物を済ませ、席に着きました。
「哀愁の湖」から、感動の坩堝の私でした。2日連続コンサートのラストということもあるのでしょうか。表情からも、ものすごい気迫が感じられました。
今日のふれあいコーナーで「こんなに一人の人をずっと追いかけるなんてこと、今までありませんでした。きよし君のせいです」というようなことをおっしゃった方がいらして、きよしさん「どうもすみません」って申し訳なさそうに頭を下げられました。
西寄さんが「きよし君がそれほど魅力的だということなんですよ」とフォローされましたけど、そんなきよしさん、微笑ましいですね。
そして、そうえいば22日の日に”氷川きよし”という名前について、「天晴れという名前も気になっていたんです。もし天晴れになっていたら、今頃僕は『天晴れさん!』って呼ばれていたんでしょうか」そうおっしゃって、きよしさん笑った後に、「氷川きよしという名前に恥じない生き方をしたいと思います」とおっしゃっていたことを思い出しました。
今日は「僕が僕自身に期待しているので、皆さんにも期待していただきたいんです」そんなふうにおっしゃいました。毎回毎回、何度聞いても嬉しくなる言葉です。
そして10周年記念コンサートの話題になると、今日も、「オリジナル曲中心になる予定です」とおっしゃった後に、「僕は『玄海竜虎伝』、『北極光~オーロラ~』も好きなんです」とお話を始めると、西寄さんが「きよし君が好きだとおっしゃっただけで、まだコンサートの時に歌うと決まったわけではありませんけれどもね」とフォローを入れました。まだあまり詳細を言ってはいけない時期なのかもしれませんね。
今回もまたまた、きよしさんの歌う1曲、1曲が心にしみいる私でした。
きよしさん、「僕の心に灯(ひ)を燈して下さったのは皆さんです」
そう言って下さいました。その後、「皆さんがまわりにいて下さらなくなったら灯も消えてしまいます」とも。
私はその言葉を聞いてとても嬉しかったのです。なぜなら「灯を燈す」という言葉は私にとって大好きなスペシャルな言葉だからです。
そして私の心に灯を燈して下さったのは紛れもなくきよしさんなのです。きよしさんのおかげで、夢をあきらめることなく、いつも前向きに生きてこられたのです。
また別の機会に詳しく書くことがあるかもしれませんが、私がきよしさんの存在を知った頃は、私という人間がかなりクサッていた時期だったと思います(あまり良い言葉ではないのですが、その時の私の気持ちを表すに相応しいと思えるのであえて使います)。
当時は演歌歌手と聞いてもまったく縁のない存在でしたが、そんな私にも”氷川きよし”の存在は日増しに大きくなっていきました。ああ、きよしさん、がんばっているんだな。でもその過酷なまでのスケジュールに、あんなにがんばったら健康を害してしまうのではないかしら? あんなに優しかったら神経が持たないのではないかしら?
「どうなってしまうの? 大丈夫なのかしら?」
とてもおこがましく失礼だとは思うのですが、そんなふうに最初はきよしさんのことが心配で仕方なかったのです。
2002年のファーストコンサートツアーの時は、きよしコールが嬉しいと言っては号泣してしまうきよしさんでしたから、あんなに泣いてしまって、よほど精神的に不安定になっているのかしら?
最初はそんな思いできよしさんを見つめていたのです。
きよしさんはいつも不可能を可能にして、満身創痍でがんばってきて下さいました。きよしさんがそうやってがんばって下さったからこそ、私はきよしさんを好きな自分をもまた信じ続けることができたのだと思うのです。
きよしさん、本当にありがとう。
そして、私には昨夜、きよしさんの結婚観についての記事を書いていたその時に、仕事でミラクルなことがありました。あまり詳しくお話できなくて申し訳ないのですが、多少の経緯があって、もうご縁がなくなってしまったかな。でもそれはそれで仕方のないことだし(フリーランスではこんなこともよくあるのです)と思っていた仕事先から、数ヶ月ぶりにお声がかかったのです。
本当に嬉しく光栄なことでした。また初心に戻ってがんばりたいと思いましたが、その数時間前、コンサート会場できよしさんに「夢は必ず叶います」と励まされて、素直にヨシッ!と思ったことを思い出しました。私には偶然とは思えず、その絶妙なタイミングに、やっぱりきよしさんパワーが私を後押ししてくれたのだと感じたのです。
さて25日は東京での握手会ですね。当選された皆さん、おめでとうございます。きよしさんと素晴らしい思い出を作って下さいね。
そしてまだ一度も握手をしたことがないのに、当選できず、落胆し、悲しんでいる方も多数いらっしゃると聞きました。元気を出して下さいね。
全員の気持ちに応えることが叶わない状況には、きよしさん自身が一番心を痛めていらっしゃると思います。
私も今回は落選でしたが、ずっときよしさんを応援していれば、必ずその日はやってくると思います。私たちより、きよしさんこそがその日を待っていて下さるのではないでしょうか。 そう信じています。
私は原宿駅から渋谷CC.Lemonホールへ向かったのですが、午後6時前の原宿駅前は大混雑でした。というのも、23日から24、27、28日と計4日間、ドリカムが国立代々木競技場第一体育館でライブコンサートを開催することになっていて、この日はその初日だったからです。
そして、その人混みをどうにかこうにか抜け出し、さらにNHKの方に向かって歩いていくとNHKホールにも人の列が。そう、火曜日は「歌謡コンサート」でしたね。この日は「美空ひばりを歌い継ぐ」をテーマに、出演は秋元順子さん、小椋佳さん、伍代夏子さん、小林幸子さん、島津亜矢さん、清水博正さん、藤あや子さん、松原健之さん、森 進一さん、雪村いづみさんということで、開場を待つ人の長蛇の列でした。
私は今日はその列を横目に通り過ぎ、渋谷CC.Lemonホールに到着しました。こちらはこちらできよしさんファンでにぎわっています。そんなふうにあの地区一体が熱くヒートアップしているように感じられました。
今日は私、最初はお買い物モードになっていました。以前から欲しかったきよしさんの運転免許証を会場前で購入(何種類かあります)。そして会場内ではトートバックを購入しました。
トートバックといえば、今日発売の「女性自身」の”若様の里帰り”と題した3ページのカラーグラビアを見ていたら、1ページ目で玄関の上がり口に腰掛けているきよしさんが手にしているのは、このトートバックではありませんか? そして、3ページ目の気だるそうなきよしさんが枕にしている座布団の右前方にあるのは、浪曲一代の扇子?
やはりそのようですよね。ハッキリと写しているわけではないので、そう言われてみればそうみたいねと気付く程度なのがまたいいですね。私は、今回の古い日本家屋のスタジオで撮影されたこのグラビアはとても気に入って購入しましたが、今、記事にちょっと書いておこうと思って雑誌を見て、このふたつの小道具に気付きました。
さてそんな楽しいお買い物を済ませ、席に着きました。
「哀愁の湖」から、感動の坩堝の私でした。2日連続コンサートのラストということもあるのでしょうか。表情からも、ものすごい気迫が感じられました。
今日のふれあいコーナーで「こんなに一人の人をずっと追いかけるなんてこと、今までありませんでした。きよし君のせいです」というようなことをおっしゃった方がいらして、きよしさん「どうもすみません」って申し訳なさそうに頭を下げられました。
西寄さんが「きよし君がそれほど魅力的だということなんですよ」とフォローされましたけど、そんなきよしさん、微笑ましいですね。
そして、そうえいば22日の日に”氷川きよし”という名前について、「天晴れという名前も気になっていたんです。もし天晴れになっていたら、今頃僕は『天晴れさん!』って呼ばれていたんでしょうか」そうおっしゃって、きよしさん笑った後に、「氷川きよしという名前に恥じない生き方をしたいと思います」とおっしゃっていたことを思い出しました。
今日は「僕が僕自身に期待しているので、皆さんにも期待していただきたいんです」そんなふうにおっしゃいました。毎回毎回、何度聞いても嬉しくなる言葉です。
そして10周年記念コンサートの話題になると、今日も、「オリジナル曲中心になる予定です」とおっしゃった後に、「僕は『玄海竜虎伝』、『北極光~オーロラ~』も好きなんです」とお話を始めると、西寄さんが「きよし君が好きだとおっしゃっただけで、まだコンサートの時に歌うと決まったわけではありませんけれどもね」とフォローを入れました。まだあまり詳細を言ってはいけない時期なのかもしれませんね。
今回もまたまた、きよしさんの歌う1曲、1曲が心にしみいる私でした。
きよしさん、「僕の心に灯(ひ)を燈して下さったのは皆さんです」
そう言って下さいました。その後、「皆さんがまわりにいて下さらなくなったら灯も消えてしまいます」とも。
私はその言葉を聞いてとても嬉しかったのです。なぜなら「灯を燈す」という言葉は私にとって大好きなスペシャルな言葉だからです。
そして私の心に灯を燈して下さったのは紛れもなくきよしさんなのです。きよしさんのおかげで、夢をあきらめることなく、いつも前向きに生きてこられたのです。
また別の機会に詳しく書くことがあるかもしれませんが、私がきよしさんの存在を知った頃は、私という人間がかなりクサッていた時期だったと思います(あまり良い言葉ではないのですが、その時の私の気持ちを表すに相応しいと思えるのであえて使います)。
当時は演歌歌手と聞いてもまったく縁のない存在でしたが、そんな私にも”氷川きよし”の存在は日増しに大きくなっていきました。ああ、きよしさん、がんばっているんだな。でもその過酷なまでのスケジュールに、あんなにがんばったら健康を害してしまうのではないかしら? あんなに優しかったら神経が持たないのではないかしら?
「どうなってしまうの? 大丈夫なのかしら?」
とてもおこがましく失礼だとは思うのですが、そんなふうに最初はきよしさんのことが心配で仕方なかったのです。
2002年のファーストコンサートツアーの時は、きよしコールが嬉しいと言っては号泣してしまうきよしさんでしたから、あんなに泣いてしまって、よほど精神的に不安定になっているのかしら?
最初はそんな思いできよしさんを見つめていたのです。
きよしさんはいつも不可能を可能にして、満身創痍でがんばってきて下さいました。きよしさんがそうやってがんばって下さったからこそ、私はきよしさんを好きな自分をもまた信じ続けることができたのだと思うのです。
きよしさん、本当にありがとう。
そして、私には昨夜、きよしさんの結婚観についての記事を書いていたその時に、仕事でミラクルなことがありました。あまり詳しくお話できなくて申し訳ないのですが、多少の経緯があって、もうご縁がなくなってしまったかな。でもそれはそれで仕方のないことだし(フリーランスではこんなこともよくあるのです)と思っていた仕事先から、数ヶ月ぶりにお声がかかったのです。
本当に嬉しく光栄なことでした。また初心に戻ってがんばりたいと思いましたが、その数時間前、コンサート会場できよしさんに「夢は必ず叶います」と励まされて、素直にヨシッ!と思ったことを思い出しました。私には偶然とは思えず、その絶妙なタイミングに、やっぱりきよしさんパワーが私を後押ししてくれたのだと感じたのです。
さて25日は東京での握手会ですね。当選された皆さん、おめでとうございます。きよしさんと素晴らしい思い出を作って下さいね。
そしてまだ一度も握手をしたことがないのに、当選できず、落胆し、悲しんでいる方も多数いらっしゃると聞きました。元気を出して下さいね。
全員の気持ちに応えることが叶わない状況には、きよしさん自身が一番心を痛めていらっしゃると思います。
私も今回は落選でしたが、ずっときよしさんを応援していれば、必ずその日はやってくると思います。私たちより、きよしさんこそがその日を待っていて下さるのではないでしょうか。 そう信じています。