先の記事に、コンサートで、きよしさんが「北海道キャンペーンに行った時、いつも親子で応援にいらしていた娘さんが来て下さって、”お母さんはお元気ですか?”と聞いたら、亡くなったと知らされて驚きました」と話されて、私がそのことを母に話しているうちに、私がお見かけしことのある方を思い浮かべて、大泣きしてしまったことを書きました。
その後、亡くなられた方とお友達だった方が、「マルルさんが安否を気にかけていた方とは違う方だと思いますよ」とコメントをお寄せ下さいました。
もし私の書いた記事で「もしやあの方かしら?」と思われた方がいらっしゃいましたら、本当にごめんなさい。おわびいたします。
私はコンサートできよしさんが亡くなられた方のお話をされた時から、とても気になって、きよしさんに聞きたいほどだったのですが、もちろんそうもいかず、最近お見かけしなかったこともあって、私の記憶しているある女優さんに雰囲気の似た方のことなのかなと思ってしまっていたのですが、コメントを下さった方はどちらの方もご存知なのだそうです。コメントは私にお気遣い下さり、シークレットをかけて下さっていらっしゃいますが、言葉の端々からその方の温かなお気持ちが伝わってきました。
コメントを下さったYさんに、返信コメントも書かせていただきましたが、心から感謝しています。ありがとうございます。
Yさんはお友達を亡くされて寂しい思いをされたことでしょうね。きよしさんが好きという絆で結ばれ、共に一喜一憂し苦楽を共にされたことと思います。
私がお見かけした方とは違う方と知っても、やはり悲しい気持ちは変わりません。お会いすることはなかったですけれども、亡くなられたその方に近しいものを感じます。きよしさんの心にその存在がしっかりと植わっていらした方ですし、今回コメントを下さったお優しいYさんのお友達なのです。やはり素敵な方だったのだと思います。
生前、お目にかかることはありませんでしたが、その方の分もきよしさんの応援をしていきたいと思います。Yさん、ありがとうございました。
さて、今回この記事を書いていて思い浮かんだことがあります。
2002年のファーストコンサートツアー、都内の大田区にあるアプリコで開催されたコンサートでのことでした。その日は昼の部に行った私でしたが、終演後、ロビーでかなりなご高齢の女性がお連れの方に大きな声で話しているのが聞こえてきました。お連れの方も白髪でしたが、娘さんのようでした。
「今日は、氷川きよし君のコンサートに連れてきてくれてありがとう。とても来られるなんて思ってなかったけど、こうして来ることができて、歌が聴けて。おかげで一生の思い出になったよ。もう来年は来られないと思うけど。本当に今日はありがとう」
とても大きな声だったので、近くにいた私たちも聞くとはなしに聞こえてしまって、何だかしんみりしてしまいました。
すると娘さんが、お母さんに負けない大きな声で、
「いやーね、お母さんたら、来年もまた連れてきてあげるわよ」
と言ったので、場が一瞬にして和みました。
その方は今もお元気でしょうか。
私はこの10周年の間に祖母との別れがありました。ですので、その方たちがお元気でいらしてほしいと願わずにはいられません。
以前、きよしさんが、「今日、皆さんがこの会場に来て下さったのも僕と縁があってのことですね」と、よくおっしゃっていた時期がありました。
きよしさんのコンサート会場で出会った方々、会話をかわしていなくても、そうして印象に残る方はやはり何かの縁がある方なのかなあと最近思うのです。”袖振り合うも多生の縁”とはよく言ったものですね。
きよしさんの10周年の歩みの中で、ファンである私たち一人一人にも様々な出来事があったのではないかと思います。
たとえば2002年のファーストコンサートツアーで、コンサート会場に足を運ばれた全国のファンの中には、他界された方もいらっしゃるでしょうし、今、闘病中の方もいらっしゃるでしょう。ご家族の健康問題やお仕事の事情などで、今年はコンサート会場に足を運ぶことが難しい方も多々いらっしゃるでしょう。
でも、どんな時もきよしさんが灯してくれた心の明かりは消えることはないのだと私は思うのです。
※以下は補足になります。「袖振り合うは多生の縁」という言葉にご興味のある方はよかったらお読み下さい。
記事を読んで下さったTさんから「袖すり合うではないかしら?」とメッセージをいただきました。実は私もこれまで”袖すり合う”だとずっと思っていたので、気になる方もいらっしゃるかなと思いまして補足です。
私もこの記事にその言葉をいざ書こうとした時に「だんだん」という朝の連続テレビ小説のテーマ曲で、確か竹内まりやさんが「袖振り合うも多生の縁とー」と歌っていたような気がして、いい加減なままでは書けないなあと思って調べてみたのです。
それで正しくは”袖振り合うも多生の縁”、あるいはそこから慣用されて”袖触れ合うも”または”袖すり(摺り・擦り)合うも”と言われるようになったのだそうです。また”触り合う”と書いて”ふりあう”とも読みますので、いろいろと慣用されて、辞書を作るにあたって、”袖振り合うも多生の縁”を多くの辞書が採用されたというところのようです。
辞書によっては「袖触り合うも多生の縁」と表記しているものもありましたし、”多生”も”他生”と書いているものもありました。
ですので3つとも間違ってはいないと思いますし、お着物を着ていた時代にできた言葉なので、現代人の私たちには”袖すり合う”がしっくりするかもしれません。
ただ私は竹内まりやさんも歌詞に使われていた”袖振り合う”を、使うことにしたのです。
ちなみにNHKのHPにも、竹内まりやさんの「縁の糸」の歌詞に「袖振り合うも多生の縁」を使うことについてプロデューサーの方のコメントが載っていました。
現在ではさまざまな言い回しが使われ、「袖振り合う」は「袖すり合う」「袖触れ合う」などがあり、「多生」は「他生」とも書く。この歌詞の表記については放送文化研究所と検討した結果、古くから使われていて、現代の中型・大型の国語辞典にも多く記載されている「袖振り合うも多生の縁」という表記にしたのだそうです。
やはり、複数の言い回しがあるので、皆さんが気になってしまう言葉だったのですね。
ご参考までに「だんだん」のHPです。
http://www9.nhk.or.jp/asadora/topics/02_takeuchi/index.html
さて、この話題を付け加えたので、意味についてもあらためてですが、
”道で見知らぬ人と袖を触れあうようなちょっとしたことでも、深い宿縁に基づくもの”
という意味なのだそうです。
ちなみに竹内まりやさんの詩は
「袖振り合うも多生の縁」と古(いにしえ)からの伝えどおり
この世で出逢う人とはすべて 見えぬ糸でつながってる
という歌い出しで、
2番の歌い出しも素敵です。
「つまずく石も縁の端」なら 今日すれちがう旅人が
ふと投げかけた微笑みさえも 運命からのプレゼント
時空(とき)を超えて 何度とはなく 巡り合うたび懐かしい
そんな誰かを 見つけに行こう 八雲立つあの場所へと
うーん、
”時空を超えて”、
”巡り合うたび懐かしい”
”そんな誰か”
と言われたら、皆さん、きよしさんのお顔が浮かびませんか?
その後、亡くなられた方とお友達だった方が、「マルルさんが安否を気にかけていた方とは違う方だと思いますよ」とコメントをお寄せ下さいました。
もし私の書いた記事で「もしやあの方かしら?」と思われた方がいらっしゃいましたら、本当にごめんなさい。おわびいたします。
私はコンサートできよしさんが亡くなられた方のお話をされた時から、とても気になって、きよしさんに聞きたいほどだったのですが、もちろんそうもいかず、最近お見かけしなかったこともあって、私の記憶しているある女優さんに雰囲気の似た方のことなのかなと思ってしまっていたのですが、コメントを下さった方はどちらの方もご存知なのだそうです。コメントは私にお気遣い下さり、シークレットをかけて下さっていらっしゃいますが、言葉の端々からその方の温かなお気持ちが伝わってきました。
コメントを下さったYさんに、返信コメントも書かせていただきましたが、心から感謝しています。ありがとうございます。
Yさんはお友達を亡くされて寂しい思いをされたことでしょうね。きよしさんが好きという絆で結ばれ、共に一喜一憂し苦楽を共にされたことと思います。
私がお見かけした方とは違う方と知っても、やはり悲しい気持ちは変わりません。お会いすることはなかったですけれども、亡くなられたその方に近しいものを感じます。きよしさんの心にその存在がしっかりと植わっていらした方ですし、今回コメントを下さったお優しいYさんのお友達なのです。やはり素敵な方だったのだと思います。
生前、お目にかかることはありませんでしたが、その方の分もきよしさんの応援をしていきたいと思います。Yさん、ありがとうございました。
さて、今回この記事を書いていて思い浮かんだことがあります。
2002年のファーストコンサートツアー、都内の大田区にあるアプリコで開催されたコンサートでのことでした。その日は昼の部に行った私でしたが、終演後、ロビーでかなりなご高齢の女性がお連れの方に大きな声で話しているのが聞こえてきました。お連れの方も白髪でしたが、娘さんのようでした。
「今日は、氷川きよし君のコンサートに連れてきてくれてありがとう。とても来られるなんて思ってなかったけど、こうして来ることができて、歌が聴けて。おかげで一生の思い出になったよ。もう来年は来られないと思うけど。本当に今日はありがとう」
とても大きな声だったので、近くにいた私たちも聞くとはなしに聞こえてしまって、何だかしんみりしてしまいました。
すると娘さんが、お母さんに負けない大きな声で、
「いやーね、お母さんたら、来年もまた連れてきてあげるわよ」
と言ったので、場が一瞬にして和みました。
その方は今もお元気でしょうか。
私はこの10周年の間に祖母との別れがありました。ですので、その方たちがお元気でいらしてほしいと願わずにはいられません。
以前、きよしさんが、「今日、皆さんがこの会場に来て下さったのも僕と縁があってのことですね」と、よくおっしゃっていた時期がありました。
きよしさんのコンサート会場で出会った方々、会話をかわしていなくても、そうして印象に残る方はやはり何かの縁がある方なのかなあと最近思うのです。”袖振り合うも多生の縁”とはよく言ったものですね。
きよしさんの10周年の歩みの中で、ファンである私たち一人一人にも様々な出来事があったのではないかと思います。
たとえば2002年のファーストコンサートツアーで、コンサート会場に足を運ばれた全国のファンの中には、他界された方もいらっしゃるでしょうし、今、闘病中の方もいらっしゃるでしょう。ご家族の健康問題やお仕事の事情などで、今年はコンサート会場に足を運ぶことが難しい方も多々いらっしゃるでしょう。
でも、どんな時もきよしさんが灯してくれた心の明かりは消えることはないのだと私は思うのです。
※以下は補足になります。「袖振り合うは多生の縁」という言葉にご興味のある方はよかったらお読み下さい。
記事を読んで下さったTさんから「袖すり合うではないかしら?」とメッセージをいただきました。実は私もこれまで”袖すり合う”だとずっと思っていたので、気になる方もいらっしゃるかなと思いまして補足です。
私もこの記事にその言葉をいざ書こうとした時に「だんだん」という朝の連続テレビ小説のテーマ曲で、確か竹内まりやさんが「袖振り合うも多生の縁とー」と歌っていたような気がして、いい加減なままでは書けないなあと思って調べてみたのです。
それで正しくは”袖振り合うも多生の縁”、あるいはそこから慣用されて”袖触れ合うも”または”袖すり(摺り・擦り)合うも”と言われるようになったのだそうです。また”触り合う”と書いて”ふりあう”とも読みますので、いろいろと慣用されて、辞書を作るにあたって、”袖振り合うも多生の縁”を多くの辞書が採用されたというところのようです。
辞書によっては「袖触り合うも多生の縁」と表記しているものもありましたし、”多生”も”他生”と書いているものもありました。
ですので3つとも間違ってはいないと思いますし、お着物を着ていた時代にできた言葉なので、現代人の私たちには”袖すり合う”がしっくりするかもしれません。
ただ私は竹内まりやさんも歌詞に使われていた”袖振り合う”を、使うことにしたのです。
ちなみにNHKのHPにも、竹内まりやさんの「縁の糸」の歌詞に「袖振り合うも多生の縁」を使うことについてプロデューサーの方のコメントが載っていました。
現在ではさまざまな言い回しが使われ、「袖振り合う」は「袖すり合う」「袖触れ合う」などがあり、「多生」は「他生」とも書く。この歌詞の表記については放送文化研究所と検討した結果、古くから使われていて、現代の中型・大型の国語辞典にも多く記載されている「袖振り合うも多生の縁」という表記にしたのだそうです。
やはり、複数の言い回しがあるので、皆さんが気になってしまう言葉だったのですね。
ご参考までに「だんだん」のHPです。
http://www9.nhk.or.jp/asadora/topics/02_takeuchi/index.html
さて、この話題を付け加えたので、意味についてもあらためてですが、
”道で見知らぬ人と袖を触れあうようなちょっとしたことでも、深い宿縁に基づくもの”
という意味なのだそうです。
ちなみに竹内まりやさんの詩は
「袖振り合うも多生の縁」と古(いにしえ)からの伝えどおり
この世で出逢う人とはすべて 見えぬ糸でつながってる
という歌い出しで、
2番の歌い出しも素敵です。
「つまずく石も縁の端」なら 今日すれちがう旅人が
ふと投げかけた微笑みさえも 運命からのプレゼント
時空(とき)を超えて 何度とはなく 巡り合うたび懐かしい
そんな誰かを 見つけに行こう 八雲立つあの場所へと
うーん、
”時空を超えて”、
”巡り合うたび懐かしい”
”そんな誰か”
と言われたら、皆さん、きよしさんのお顔が浮かびませんか?