16日は、先の記事で「氷川きよし節」(文化放送)のことを書きましたが、早朝には「坂井隆夫のほのぼの歌謡曲」(ラジオ日本)にもきよしさん出演でした。その番組でも広島でのふれあいコーナーでのエピソードを話されていました。
亡くなられたご主人もきよしさんのファンで、コンサートに一緒にいらっしゃっていたそうですね。
私は先日、きよしさんご自身が北海道キャンペーンでのことをコンサートで話されて、
「いつも親子で応援して下さっている方の娘さんがいらしたので、『お母さんは?』と聞いたら、亡くなられたというので、本当に驚きました....」
とおっしゃっていたのですが、そのことを数日して家で母に話しているうちに、とても悲しくなって大泣きしてしまいました。
「以前、よくコンサート会場で見かけた方だと思うの。最近、見かけないなあって思っていたんだけど、きよしさんが、北海道キャンペーンでその娘さんに会ったら、お母さんは亡くなられたそうなの、きっと私が見かけたことのある親子のお母さんのことかなあって思って」
と話していたら、その方の「きよしくーん」ときよしさんに呼びかける明るい声が浮かんできて、なぜだか声をあげて泣いてしまいました。
もちろん親子できよしさんの応援をずっとされていらっしゃる方はたくさんいらっしゃるので、私が思い浮かべた方ではないのかもしれません(できればきよしさんにお聞きしたいのですが、それはかないませんので)。
私は、なぜ面と向かってお話もしたことのない方のことで、あんなに泣いてしまったのでしょう。
あらためてコンサート会場でよくお見かけする方たちが、自分にとってそんなにまで近しい存在になっていることに驚きました。
きよしさんは「自分一人の人生じゃない」とおっしゃっていましたが、私もまたきよしさんとは違う意味で、きよしさんと出会えたおかげで多くの同じファンの方の人生とリンクすることになったのだと思いました。たとえ直接言葉を交わしたことがなくても、きよしさんの下、同じファンとして同じ空間で多くの時間を共有したからこそ自然に生まれてきた感情なのかもしれません。
亡くなられた方も、もっともっときよしさんの歌を聴いて、きよしさんの応援をしたかったことでしょう。
きよしさんご自身が「氷川きよし節」でおっしゃっていた”一心不乱”という言葉には、一つの事に集中して、他の事に気をとられないこと。また、そのさま。そしていのちがけ(命懸け)という意味もあるそうです。
今日は、この”一心不乱”という言葉が私の心に深く深く残りました。
さて、私が”一心不乱”という言葉の意味をこうして辞書で確認して、あらためて思い起こしたのは2002年の「夏祭りにっぽんの歌」の公開放送のことです。
その日のことは、当時ご多忙だったきよしさんご自身は、もしかしたら覚えていらっしゃらないかもしれません。でも私には今でも忘れることができない思い出のひとつです。
2002年7月5日、きよしさんは渋谷公会堂(現・渋谷CC.Lemonホール)で昼夜2回のコンサートを
開催されたのですが、その日は「夏祭りにっぽんの歌」(テレビ東京)にも出演することになっていました。
きよしさんの北海道ツアーのドキュメンタリーを放送した番組の中で、「夏祭りにっぽんの歌 氷川きよしコーナー」の観覧希望者を募集したので、応募はしたものの、その日はコンサートのはずでは? 氷川きよしコーナーって? と半信半疑でしたが、何とコンサートの夜の部を終えたら、そのまま会場近くのライブハウスにきよしさんが移動して生中継するということでした。
「夏祭りにっぽんの歌」は五反田のゆうぽうとホールで開催されていましたので、コンサート終了後に渋谷から五反田では放送時間に間に合わなかったのでしょう。
さてその当日、観覧に当選したのは約80名。場所はSHIBUYA BOXXというライブハウスでした。このSHIBUYA BOXXはNHKホールの斜め向かいに今もあります。この時は完成したばかりで翌日7月6日からオープンということでした。ですので、きよしさんはオープンの前日にそのライブハウスの舞台に立ったのです。こちらのライブハウスの方でもそのことをご存知の方は少ないかもしれませんね。
案内状には「夏祭りにっぽんの歌 氷川きよしコーナー観覧当選のお知らせ」と書かれ、19:00集合(解散予定22:00)とありました。この案内状に整理番号が書かれていて、その番号順に入場となりました。
会場はオールスタンディングでしたので、立つ位置を決め、スタッフの方の説明がありました。
さて、ここからが大変でした。生中継ですから、絶対に失敗があってはいけません。恐るべき綿密なリハーサルが始まりました。
きよしさんは渋谷CC.Lemonホールでコンサート中ですから、スタッフの方が、きよしさんの代わりにまったくの本番通りに「箱根八里の半次郎」を歌います。きよしさんが実際に使用するマイクで照明も本番通りです。そして私たちは配布されたペンライトを左右に振りますが、テレビカメラの画像にきれいに納まるように、広がったり、固まったり、いくつかのバージョンを試すのです。
スタッフの方は声が裏返ってしまって、本当に歌が苦手のようでした。でも本当に真剣で必死でした。
「皆さん、僕の下手な歌をお聞かせすることになって申し訳ありません。ただ生中継の放送の時にトラブルがないように、氷川さんが実際にされるように本番どおり歌いますので、どうかご協力お願いします」
そんな挨拶をされたように記憶しています。ご本人がおっしゃるように、本当に歌は苦手な様子でしたが、後できよしさんが同じマイクで同じように歌われた時、同じ人間の声といってもこんなにも違うものなんだと思ってしまいました(スタッフさんごめんなさい)。
私たちはかれこれ1時間近くリハーサルをし、30分くらい休憩をし、またもとの立ち位置に戻って、きよしさんの登場を待ちました。休憩中はモニターで番組の放送が流れているのを見ました。この時は見られなかったのですが、あとで録画を見たら、時折、コンサートのきよしさんの様子が番組中で放映されていましたね。
私たちは立ちっ放しで、固まっていましたので、さすがに疲労を感じていたのですが、21時すぎでしたでしょうか。「今、氷川さん到着されて、お支度中です」とスタッフの方が声をかけてくれました。すると、いつもそうなのですが、疲れは一瞬にして吹き飛び、胸がドキドキしてきます。
カメラさん、音声さんも一斉にスタンバイされました。
そしてその時に曲目などについての最終的な説明がありました。
「氷川さんは今日の放送では『箱根八里の半次郎』を歌われます。放送されるのはその1曲ですので、それ以外に歌われるかは氷川さん次第です。放送される1曲だけになるかもしれませんのでご了承下さい」
そんなふうにおっしゃったと思います。
きよしさんは昼夜2回のコンサートを終えて、そのまま移動されてきたのです。私はその時、スタッフさんがあえてそうおっしゃるのですから、放送される「箱根八里の半次郎」1曲だけになるのだろうなとごく自然に思っていました。それでもごく間近できよしさんの歌を聴けるのですから大満足だったのです。スタッフの方もきよしさんがどれほど疲労しているのかをわかっていたからこそ、「放送終了後にもう1曲歌って下さい」とは強く言えなかったのではないでしょうか。
そしてきよしさん登場です。会場にはスモークがたかれました。司会の方ときよしさんが挨拶をかわし、少しお話しされてから、「箱根八里の半次郎」を歌いました。私はすっかり夢見心地でした。
そして「ありがとうございましたー」ときよしさんと司会者の方とのやりとりがあり、生中継は無事終わりました。私はもう胸がいっぱいでした。
昼夜2回のコンサートを終え、そして、さらに生中継の大仕事(やはりかなり緊張すると思います)を終えたのです。きよしさん、疲れていないはずはありませんよね。ところが、中継放送が終わると、さらにニコニコと笑顔で私たちにお礼をおっしゃり、「今日お越しくださった皆さんのために歌います」そうおっしゃって、「きよしのズンドコ節」を歌って下さったのでした。
何てファン思いの優しい方なのだろう、そして何て誠実な方なのだろう。そんなふうに思いました。
こんな言い方はよくないかもしれませんが80名ほどの観客でしたし、きよしさんが疲れていて「これ以上歌えません」とおっしゃっても当然の状況だったと思います。
それなのに「きよしのズンドコ節」を熱唱して下さったのです。今でもその時のきよしさんの真心を忘れることはできません。
そして「きよしのズンドコ節」を歌い終わると、「今日はありがとうございましたー」と深々とお辞儀をして舞台袖に戻られました。その後ろ姿はさすがに疲れている様子に見えました。
「会場のスモークとあいまって、夢を見ていたみたいね!」私たちはそんなことを口々に言い、無事解散になりました。
きよしさん、そんなふうにこれまでいつもいつも、どんな時も”一心不乱”に歌い続けてきたのです。今もその時と何も変わらないのだろうと思います。
今もNHKホールに行くとそのライブハウスが目に入ります。その度、あの日のきよしさんの姿が思い出されるのです。
SHIBUYA BOXX
http://www.shibuyaboxx.com/event/index.php
亡くなられたご主人もきよしさんのファンで、コンサートに一緒にいらっしゃっていたそうですね。
私は先日、きよしさんご自身が北海道キャンペーンでのことをコンサートで話されて、
「いつも親子で応援して下さっている方の娘さんがいらしたので、『お母さんは?』と聞いたら、亡くなられたというので、本当に驚きました....」
とおっしゃっていたのですが、そのことを数日して家で母に話しているうちに、とても悲しくなって大泣きしてしまいました。
「以前、よくコンサート会場で見かけた方だと思うの。最近、見かけないなあって思っていたんだけど、きよしさんが、北海道キャンペーンでその娘さんに会ったら、お母さんは亡くなられたそうなの、きっと私が見かけたことのある親子のお母さんのことかなあって思って」
と話していたら、その方の「きよしくーん」ときよしさんに呼びかける明るい声が浮かんできて、なぜだか声をあげて泣いてしまいました。
もちろん親子できよしさんの応援をずっとされていらっしゃる方はたくさんいらっしゃるので、私が思い浮かべた方ではないのかもしれません(できればきよしさんにお聞きしたいのですが、それはかないませんので)。
私は、なぜ面と向かってお話もしたことのない方のことで、あんなに泣いてしまったのでしょう。
あらためてコンサート会場でよくお見かけする方たちが、自分にとってそんなにまで近しい存在になっていることに驚きました。
きよしさんは「自分一人の人生じゃない」とおっしゃっていましたが、私もまたきよしさんとは違う意味で、きよしさんと出会えたおかげで多くの同じファンの方の人生とリンクすることになったのだと思いました。たとえ直接言葉を交わしたことがなくても、きよしさんの下、同じファンとして同じ空間で多くの時間を共有したからこそ自然に生まれてきた感情なのかもしれません。
亡くなられた方も、もっともっときよしさんの歌を聴いて、きよしさんの応援をしたかったことでしょう。
きよしさんご自身が「氷川きよし節」でおっしゃっていた”一心不乱”という言葉には、一つの事に集中して、他の事に気をとられないこと。また、そのさま。そしていのちがけ(命懸け)という意味もあるそうです。
今日は、この”一心不乱”という言葉が私の心に深く深く残りました。
さて、私が”一心不乱”という言葉の意味をこうして辞書で確認して、あらためて思い起こしたのは2002年の「夏祭りにっぽんの歌」の公開放送のことです。
その日のことは、当時ご多忙だったきよしさんご自身は、もしかしたら覚えていらっしゃらないかもしれません。でも私には今でも忘れることができない思い出のひとつです。
2002年7月5日、きよしさんは渋谷公会堂(現・渋谷CC.Lemonホール)で昼夜2回のコンサートを
開催されたのですが、その日は「夏祭りにっぽんの歌」(テレビ東京)にも出演することになっていました。
きよしさんの北海道ツアーのドキュメンタリーを放送した番組の中で、「夏祭りにっぽんの歌 氷川きよしコーナー」の観覧希望者を募集したので、応募はしたものの、その日はコンサートのはずでは? 氷川きよしコーナーって? と半信半疑でしたが、何とコンサートの夜の部を終えたら、そのまま会場近くのライブハウスにきよしさんが移動して生中継するということでした。
「夏祭りにっぽんの歌」は五反田のゆうぽうとホールで開催されていましたので、コンサート終了後に渋谷から五反田では放送時間に間に合わなかったのでしょう。
さてその当日、観覧に当選したのは約80名。場所はSHIBUYA BOXXというライブハウスでした。このSHIBUYA BOXXはNHKホールの斜め向かいに今もあります。この時は完成したばかりで翌日7月6日からオープンということでした。ですので、きよしさんはオープンの前日にそのライブハウスの舞台に立ったのです。こちらのライブハウスの方でもそのことをご存知の方は少ないかもしれませんね。
案内状には「夏祭りにっぽんの歌 氷川きよしコーナー観覧当選のお知らせ」と書かれ、19:00集合(解散予定22:00)とありました。この案内状に整理番号が書かれていて、その番号順に入場となりました。
会場はオールスタンディングでしたので、立つ位置を決め、スタッフの方の説明がありました。
さて、ここからが大変でした。生中継ですから、絶対に失敗があってはいけません。恐るべき綿密なリハーサルが始まりました。
きよしさんは渋谷CC.Lemonホールでコンサート中ですから、スタッフの方が、きよしさんの代わりにまったくの本番通りに「箱根八里の半次郎」を歌います。きよしさんが実際に使用するマイクで照明も本番通りです。そして私たちは配布されたペンライトを左右に振りますが、テレビカメラの画像にきれいに納まるように、広がったり、固まったり、いくつかのバージョンを試すのです。
スタッフの方は声が裏返ってしまって、本当に歌が苦手のようでした。でも本当に真剣で必死でした。
「皆さん、僕の下手な歌をお聞かせすることになって申し訳ありません。ただ生中継の放送の時にトラブルがないように、氷川さんが実際にされるように本番どおり歌いますので、どうかご協力お願いします」
そんな挨拶をされたように記憶しています。ご本人がおっしゃるように、本当に歌は苦手な様子でしたが、後できよしさんが同じマイクで同じように歌われた時、同じ人間の声といってもこんなにも違うものなんだと思ってしまいました(スタッフさんごめんなさい)。
私たちはかれこれ1時間近くリハーサルをし、30分くらい休憩をし、またもとの立ち位置に戻って、きよしさんの登場を待ちました。休憩中はモニターで番組の放送が流れているのを見ました。この時は見られなかったのですが、あとで録画を見たら、時折、コンサートのきよしさんの様子が番組中で放映されていましたね。
私たちは立ちっ放しで、固まっていましたので、さすがに疲労を感じていたのですが、21時すぎでしたでしょうか。「今、氷川さん到着されて、お支度中です」とスタッフの方が声をかけてくれました。すると、いつもそうなのですが、疲れは一瞬にして吹き飛び、胸がドキドキしてきます。
カメラさん、音声さんも一斉にスタンバイされました。
そしてその時に曲目などについての最終的な説明がありました。
「氷川さんは今日の放送では『箱根八里の半次郎』を歌われます。放送されるのはその1曲ですので、それ以外に歌われるかは氷川さん次第です。放送される1曲だけになるかもしれませんのでご了承下さい」
そんなふうにおっしゃったと思います。
きよしさんは昼夜2回のコンサートを終えて、そのまま移動されてきたのです。私はその時、スタッフさんがあえてそうおっしゃるのですから、放送される「箱根八里の半次郎」1曲だけになるのだろうなとごく自然に思っていました。それでもごく間近できよしさんの歌を聴けるのですから大満足だったのです。スタッフの方もきよしさんがどれほど疲労しているのかをわかっていたからこそ、「放送終了後にもう1曲歌って下さい」とは強く言えなかったのではないでしょうか。
そしてきよしさん登場です。会場にはスモークがたかれました。司会の方ときよしさんが挨拶をかわし、少しお話しされてから、「箱根八里の半次郎」を歌いました。私はすっかり夢見心地でした。
そして「ありがとうございましたー」ときよしさんと司会者の方とのやりとりがあり、生中継は無事終わりました。私はもう胸がいっぱいでした。
昼夜2回のコンサートを終え、そして、さらに生中継の大仕事(やはりかなり緊張すると思います)を終えたのです。きよしさん、疲れていないはずはありませんよね。ところが、中継放送が終わると、さらにニコニコと笑顔で私たちにお礼をおっしゃり、「今日お越しくださった皆さんのために歌います」そうおっしゃって、「きよしのズンドコ節」を歌って下さったのでした。
何てファン思いの優しい方なのだろう、そして何て誠実な方なのだろう。そんなふうに思いました。
こんな言い方はよくないかもしれませんが80名ほどの観客でしたし、きよしさんが疲れていて「これ以上歌えません」とおっしゃっても当然の状況だったと思います。
それなのに「きよしのズンドコ節」を熱唱して下さったのです。今でもその時のきよしさんの真心を忘れることはできません。
そして「きよしのズンドコ節」を歌い終わると、「今日はありがとうございましたー」と深々とお辞儀をして舞台袖に戻られました。その後ろ姿はさすがに疲れている様子に見えました。
「会場のスモークとあいまって、夢を見ていたみたいね!」私たちはそんなことを口々に言い、無事解散になりました。
きよしさん、そんなふうにこれまでいつもいつも、どんな時も”一心不乱”に歌い続けてきたのです。今もその時と何も変わらないのだろうと思います。
今もNHKホールに行くとそのライブハウスが目に入ります。その度、あの日のきよしさんの姿が思い出されるのです。
SHIBUYA BOXX
http://www.shibuyaboxx.com/event/index.php