「ムサシ」、さいたま芸術劇場で観てきました。笑って、笑って、そして泣き、また泣いて笑ってというように、感動的で抱腹絶倒の愉快で楽しい舞台でした。

ここ数年は演出家や脚本家になりたいという意味ではないのですが、蜷川幸雄さんの弟子になりたいと思うほどに、毎回その舞台に感動しています。
このブログで書く機会がないままでしたが、昨年、私が観た舞台のベスト1は「わが魂は輝く水なり―源平北越流誌-」でした。源平合戦(平安末期)の時代、源氏と平家の間で勇猛果敢に生きた武将斎藤実盛(1111年~1183年)の姿を描いた清水邦夫さんの作品を蜷川幸雄さんが演出し、主人公の斎藤実盛を野村萬斎さん、実盛の息子・五郎を尾上菊之助さんが演じました。この舞台の再演は出演者二人のスケジュールの点だけでも不可能ということでしたが、一度観て、二人の演技に感動を通り越して驚愕してしまい、もう一度観に行き、とりわけ野村萬斎さんの演技の秘密を少しでもこの目で確かめたくて、二度目の時は前列で萬斎さんを穴のあくほどに見つめてしまいました。お二人をはじめ共演者の皆さんがひとりひとり優れた役者さんだということはもちろんですが、さらにそれ以上の演技を引き出す蜷川さんにまたまた尊敬の念をいだいたのです。

そんな蜷川幸雄さんが演出する「ムサシ」。待ち遠しく、昨年から楽しみにしていました。脚本は井上ひさしさんの書き下ろしですが、初日の1週間前の時点でまだ完成していなかったそうです。
W主演ということで宮本武蔵を藤原竜也さん、佐々木小次郎を小栗旬さんが演じていますが、日刊スポーツに二人の対談が3日間にわたって掲載されました。
稽古の際にまだ脚本ができあがっていないというのは二人にとっても初めての経験だったそうですが、その中で小栗さんが「井上さんは遅筆っていわれるけど、実はそうじゃないの。小屋にいる座付き作家が毎日、本をバンバン書いて、役者は1週間のけいこで本番を迎えるっていう昔の演劇のつくり方。井上さんはそれがすごく好きな方で、同じように常に役者に緊張感を持たせてやってるのかも、という読み取り方です。だとしたら、今のボクらには、この状況が必要だったんですよ。」
と語っていたので、ああ、大丈夫、いい感じの緊張感がみなぎっているんだなあといっそう期待がふくらみました。

さて前置きが長くなりました。舞台の内容ですが、何しろ始まりからいきなり巌流島の決闘なのです。何でここから始まるの? と思っているうちに決着がつき、どんどん未知の物語へと誘われていきます。対談時の主演のお二人の「誰も見たことがない武蔵と小次郎の物語」(藤原)、「二人のみみっちさも出る、だって人間だもの」(小栗)という言葉に、この物語がどのようなものなのかが集約されているように、観終って、感じました。
この作品は、何も知らずに観たほうがより楽しいのではと自分自身の体験から思いましたので、ここではストーリーにはふれません。ですが、後半、胸に台詞が突き刺さり、感動したシーンがありましたので、ここではその部分にだけふれたいと思います。
様々な事情で命を絶たれた人々が亡霊のになってあらわれ、生きている時には、苦しかった1日も、寂しかった1日も、悲しかった1日も、それこそどんな1日も、死んでから覆えば、すべてが輝ける、幸福な1日だった、ということを語り出し、命の尊さ、生きている素晴らしさを武蔵と小次郎に訴え、復讐の虚しさを説くのです。素晴らしい展開でした。
蜷川さんも井上ひさしさんが「武士と武士の決闘の論理や復讐の連鎖という誰も答えを出しかねる問題に立ち向かっている」と語っていらっしゃいましたが、見事に答えを出されたのではないでしょうか、それははっきりとこうだよ答えを観る者に押し付けるのでがなく、私たちが自身で考えることができるヒントを下さるような手法だったと思います。
そして、藤原竜也さんの演技、絶品です。武蔵の天才性、荒々しさ。そしてどこか純朴な人間性を豊かに演じ上げています。また剣豪、宮本武蔵にふさわしい身のこなしは見事でした。あれだけの動きをし、かつそれを演劇的に見せることができる俳優さんはそうそういないのではないかと、真底感心しました。ストーリー自体はあくまで創作なわけですが、かえって宮本武蔵という人を等身大で受け止めることができたように思います。
またW主演の小栗旬さんは、藤原竜也さんの演技を受け止めながら、小次郎を小気味よく、そして人間臭く演じていて、小次郎という歴史上の天才剣士がとても愛しく思えました。それは小栗さんならではの洞察力で見事な小次郎を作り上げたからなのだと思います。

二人の演技を観て、この「ムサシ」が構想に20年を要し、一度は頓挫したこともあったそうですが、それもこれも、この武蔵と小次郎を、この二人の役者さんが演じることを「ムサシ」という作品自体が待っていたのではないかと思うほどでした。
素晴らしい演出家の手により、素晴らしい脚本が素晴らしい役者さんによって演じられる。そして自分がそれを観る観客でいられるという喜びを、この「ムサシ」は心から感じさせてくれました。

◆「ムサシ」は、さいたま市彩の国さいたま芸術劇場(3月4日~4月19日)と、大阪梅田芸術劇場(4月25日~5月10日)の約2カ月間で全74公演。