

今回の旅行で福岡で行ってみたかったのは、博多チョコレートショップと料亭・稚加栄、そしてきよしさん関連では100円ラーメンの勝龍軒ときよしさんが18年間育った自宅のあった場所の4箇所でした。
私は福岡に到着した24日は夜の部のコンサートに行くことにしていたので、福岡空港に到着後、まず宿泊するホテルのあるキャナルシティに直行しました。そしてフロントに荷物を預けて、少し一休みし、栗原はるみさんのレストラン(ビュッフェスタイルのレストランなのですが、驚くほどの品数をそろえていて、行列必至の人気店です)でランチをしてから呉服町近くのチョコレートショップへ行きました。チョコレートショップは伊勢丹で毎年開催される九州展に出店された時に、販売されたチョコレートケーキとバウムクーヘンの直球勝負のおいしさに、博多にこんなにおいしいお菓子を作るお店があるのだとノックアウトされ、後日、お店の詳細を知るにつけ、一度お店にも行ってみたいし、生チョコを食べてみたいと思っていたのです。チョコレートショップのことはまた後日別枠で書きたいと思いますが、お店は活気にあふれていて、かわいらしく、そしてそのチョコレートはとても誠実な味わいでおいしかったのです。
以下この博多チョコレートショップはじめ、それぞれ印象深い場所については個別に書くことにして、ここではその日の旅程をさっと書いていくことにします。
さてチョコレートショップではおみやげ分も購入して、いったん天神に行き、それから西鉄線に乗り換えて三駅目の高宮という駅で降りました。きよしさんの育った福岡市中央区大楠という町はこの西鉄線で二駅目の平尾という駅が最寄なのですが、きよしさんが子供の頃からお母さんとよくいらしたという100円ラーメンで知られる勝龍軒の最寄駅が高宮駅でした。どちらの駅も急行は停まらないので各駅電車に乗ります。高宮駅に着いたら、すぐにきよしさんの母校である福岡第一薬科大学付属高等学校(きよしさん在校時は福岡第一商業高校)が近くにあることがわかり、方角が反対なのですが、まず高校に行ってみました。きよしさんはインテリアデザイン科で勉強し、皆さんもご存知のように「芸能講座」を受講したことがきっかっけで演歌と出会ったわけですが、その「芸能講座」はこの学校の教育理念に「個性の伸展による人生練磨」というものがあり、パラマ塾というものを作り、毎週土曜日を「パラマの日」として、「芸能講座」をふくめ50種を超える講座を開設したのだそうです。驚いたのは近辺のあちこちの電柱に、学校からの日々のメッセージのようなものが掲示されていて(立派なものです)、それらをひとつひとつ眺めながら校舎まで歩いていくうちに、その学校のユニークさを感じました。きよしさんはこの高校に行って「芸能講座」を受け、本間先生というおじいちゃん先生に出会ったからこそ、演歌に出会ったのだなあと、きよしさんの運命を大きく方向づけた場所に来たのだなあと、何だか感慨深く思いました。
そして高宮駅を越えて、勝龍軒を目指しましたが、地図ではこの辺りなのだけど?と、実は辺りをグルグル探してしまいました。先に掲載した桜はその時にたまたま見つけて撮影しました。おかしいなあともう一度着た道を戻って、ようやく道路の反対側から見て、お店の看板が目に入り、通り過ぎていたことに気付きました。テレビでお店の概観を見たことがあったのですが、お店のテントは色褪せていて、一見営業しているかわからないような印象だったのです(ごめんなさない)。さっそくもと来た道を戻ろうとしたら、そのお店から女子高生が3人出てきました。私が店内に入ると男の人が3人ラーメンを食べていました。店内に掲示されているメニューを見ると、ありました!”ラーメン 百円”と。他のメニューは二百円~三百円の価格のものもありますが、やはりラーメンをお願いしました。私、こちらのラーメンを食べて、人生観が変わりました。百円だと思うと割り箸ひとつ、備え付けのコショー、唐辛子もおろそかにはできません。「お待ちどうさま」そう言って手渡されたラーメンはきちんと陶器のどんぶりに入った熱々のとんこつラーメン、チャーシューとキクラゲ、そして青ネギまで入っています。そしてそのスープはさっぱりしていておいしいのです。誠実で飽きない味です。そして驚くべきことにきよしさんが子供の頃から、ずっと今日まで”百円”を守り通しているのです。これこそ本当の出血大サービスだなあと、心に染み入りました。カップラーメンだって百円では買えない時代に信じられません。でもそう思うとテントが色褪せていたのも頷けます。だって利益がどのくらいあるのでしょう? 商売ですから当然利益をあげなければ成り立ちませんが、百円であれほどのラーメンを提供したら、いくらの利益があるというのでしょう?”人に喜んでいただきたい”という思いとそれを実践されているオーナー(おばちゃん)に心から感動しました。私が知る限り、きよしさんの番組で2回、オーナーが登場されていて、きよしさんがオーナーをずっと慕い、尊敬している気持ちがわかる気がしました。きよしさんの原点にこういった地元の素晴らしい方々の存在があるのですね。きよしさんがスターになっても変わらずにいる秘密が少しわかってきたように感じました。カウンター内の厨房にはきよしさんのサインとメッセージの入ったポスターが2枚貼られていました(勝龍軒でのことは別枠でもう少し書きますね)。
その後、きよしさんが過ごした大楠に向かって歩くことにしました。同行していた母が少し疲れてしまった様子だったので、タクシーに乗せて先にホテルで休んでいてもらうことにしたので、私は一人になり、iPodできよしさんの「望郷の月」を聴きながら、きよしさんの育った町を歩きました。
知人から聞いてはいましたが、きよしさんが18年間育った家があった場所は大きな駐車場になっていましたが、すぐ近くにはオープンしたばかりのケーキ屋さんがあり、お客さんでにぎわっていました。さてその自宅から歩いて1~2分の所にきよしさんが通った高宮中学校がありました。地元では桜の名所になっているようで、お花見をしている人がたくさんいました。
私はその町の雰囲気を感じてすっかり満足し、平尾駅からホテルに帰ることにしたのですが(きよしさんの出身校の大楠小学校ややまびこ保育園には行きませんでした)、そこで、予定していなかったのですが、突然、きよしさんが通っていた平尾レコードさんて、オーナーの名前だと思っていたけれども、この地名だったのかしら? と突然その存在を思い出し、ナビタイムで調べたら平尾駅を挟んで反対側にあることがわかりました。
それでもう少し足を伸ばして、平尾レコードに行くことにしたのです。平尾駅から4~5分くらいでしたでしょうか。お店の前ではたくさんのきよしさん(ポスター)が迎えてくれました。店内も天上まできよしさんの写真やポスター、うちわ、扇子がいたる所に飾られていて、”きよしハウス”といった印象でした。テレビでは”きよしさんファンの聖地”と放送されたそうですが、珍しいスナップ写真もあってまさしくそんな雰囲気です。店内は商品もたくさん置かれていてお客さんが5人も入ったらいっぱいというような状況ですが、中でもきよしさんコーナーが一番良い位置を占めています。
私も自分が中学・高校生の頃を思い出しました。地元のCD(レコード)ショップは、自分が好きな音楽やアーティストと自分をつなく窓のような存在でした。高校生であるきよしさんにとって、平尾レコードはきよしさんと芸能界をつなぐ窓口だったのだと私は感じました。
きよしさんはデビューが決まるとすぐにオーナーに電話をされ、キャンペーンの時には来店して、今も店内に飾られているポスターにサインして挨拶されたとうかがいました。オーナーご夫妻はきよしさんがまだ修業時代には「デビューしたらお店にポスターをたくさん貼って、レコードをどんどん売ってあげるから」と随分励まして下さったそうですが、今やそれが現実になっています。それどころか遠方のファンの方たちが来店してきよしさんのCDを購入されますし、宅配でわざわざ注文される方も多くいらっしゃるとうかがいました。今や、きよしさん、平尾レコードさんにご恩返しをされているのですね。素晴らしいことです。
ちょうどご主人がいらっしゃいましたが、24日の日は朝からきよしさんファンが大挙して来店して大賑わいだったそうです。私が行った時も地元のファンの方で、この後夜の部のコンサートに行くという常連さんがご主人と話しこんでいました。「せっかくの地元のコンサートなのに3階席なのよー」というような愚痴もこぼされていましたが、ご主人、「楽しみにしとったのにそれは切なかねえ」と親身になってお話を聞いていました。初めて訪れた私にも常連さんと変わらずに接して下さり、良い思い出になりました。オーナーご夫妻はそんなふうにお客さんに気さくに接する方々で、高校生だったきよしさんにもそういう意味では同じように優しく親切に接して下さったのでしょう。きよしさんが高校生なのに演歌に興味を持っていることや、真面目な好青年で次第に交流が深まったのだとは想像しますが、そうでなくてもきっとどんなお客さんに対しても、そんなふうに気さくに接するお人柄なのだと感じました。
予定していなかったのに、平尾駅を目指していて、平尾レコードを思い出せて本当によかったなあと足取りも軽く、夜のコンサートに備えてホテルにいったん戻った私でした。
きよしさんを育てた町のぬくもりを感じることができ、そんな思いで迎えた夜のコンサートはいっそう感慨深いものでした。