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皆さん、あけましておめでとうございます。昨年10月8日からブログを書き始めましたが、たくさんの方にご覧いただけて心から感謝しています。氷川きよしさんのこれまでの軌跡を振り返る「天晴れ!HK伝説」なるものを書くつもりで準備したのですが、日々、きよしさんが与えて下さる感動を書きとめておきたくなって、自分が観たこと、感じたことを、心のままに書かせていただくようになりました。本来の目的はデビュー10周年のその日までに果たせるようにと思っています(あと1ヶ月ですね)。
2009年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2008年12月31日、私はこの日を忘れることはないでしょう。大好きな大好きな歌手、氷川きよしさんの紅白歌合戦での初の大トリ。その勇姿、間近で見ることができ、魂に焼き付けてきました。
私は観覧後、午前1時半前には帰宅したのですが、まだ夢の中にいるようで、ぼうっとしながら、父が見ていたさだまさしさんの番組を一緒に見つつ、軽くお酒を飲みながら夜食を食べ、お風呂に入って眠りました。前の日、何だか緊張してよく眠れなかったのです。今朝は7時頃にすっきり目覚め、先ほど昨夜の紅白歌合戦の録画を見てきよしさんのどのシーンがテレビ放送されたのかチェックしたところです。

きよしさんの熱唱、素晴らしかったですね。輝くばかりで堂々としていて立派でした。きよしさん、最後は号泣されましたが、昨年末に、きよしさんご自身でおっしゃっていた「来年はいい涙をたくさん流したい」の言葉どおりの美しい涙でした。新聞の見出しにあった「母に捧ぐ悲願の大トリ」ですでに泣かされてしまった私ですが、本番は気がはっていたのか泣かず、帰宅して、一人になってからしみじみ泣いてしまいました。
今回の紅白歌合戦は、歌中心の構成で、きよしさんはオープニングで登場してからは、ラストまで一切舞台に現れませんでしたね。さてではそのラストどのあたりで舞台に登場していたかといいますと、和田アキ子さんが歌い始めて間もなくでした。放送で和田さんと紅組歌手の方々を映していたその時には上手側にすでに白組歌手の方々が勢ぞろいしていました。私はあんなにまで緊張したきよしさんを初めてみました。緊張でどうにかなってしまいそうな様子でした。目をつむったり、少し上向いたり、逆に少し下を向いて口を動かしたり、胸元をさわったり、肩を動かしたり、もちろんひとつひとつはそんなに大きな動作ではありませんが、普段の落ち着いたきよしさんとはまったく別人に見えました。
その様子を見ていたら、もうドキドキしてしまって、心の中で叫ばすにはいられませんでした。「きよしさん、きよしさん、大丈夫だよ。会場のみんなもテレビの向こうのみんなもそれこそ何万人、何百万人の人が、次はきよしさんだって、心をひとつにして応援しているんだから」と。
私の座っていた席がレフト席で正面に向かって斜めになっている席だったので、熱唱する和田さんを見ながらも、そうやってきよしさんを見ることができたのです(そうでなければ和田さんを見ずに横を向いてきよしさんを見るなんて、いくら何でも失礼でできなかったと思います)。
そんな時、五木ひろしさんが一言二言きよしさんに声をかけ、衣裳を汚してはいけないと配慮されたのでしょう。きよしさんの右肩に控えめに右手をふれて、後は言葉でなく満面の笑みで頷きながら、きよしさんの顔を見つめました。きよしさん泣きそうになりながら頷いていました。そして北島さんもきよしさんと視線を合わせ、きよしさん頷いて、その激励を受け止めていました。もう言葉ではなく、目と目でかわす激励が展開していました。さらにオープニングでもSMAPの草なぎ(彅)さんに激励されている様子でしたが、ここでも草なぎ(彅)さんがまた声をかけ、さらに司会の中居さんが何かきよしさんに言って励ましていました。きよしさん、そうやって皆さんからの激励を一身に浴び、「よしっ!」と思ったところで和田さんの歌が終わり、きよしさんがテレビに映し出されたわけです。中居さんの素晴らしい紹介があり、すでにきよしさん、泣き出さんばかりでしたが、歌い終わるまで涙をこらえ、感動の熱唱となりましたね。衣裳も眩いばかりで素晴らしくて。もう私も夢の中状態でした。
演歌界をここまで底上げしてきた”氷川きよし”への最大のご褒美。そしてこんな暗い世の中を明るくしてくれるスターとして、そういう役目を担わされた方なんだなあとつくづく思いました。
放送終了後もまだエンディングはしばらく続いていました。きよしさん、「ありがとう、ありがとう」と何度も言い、手を大きく振り、その後、会場中に届くような大きな投げキッスをしました。そして、舞台袖に出演者が戻り始めると、きよしさん、会場に散り散りにすわっているファンの姿をところどころ認めては(ファンの皆はオリジナルペンライトを持っているので、それを目印にわかるのだと思います)軽い会釈や目配せをしてくれ、また大きく大きく、何度も何度も手を振って「ありがとう、ありがとう」と言って、最後はジェロさんと腕をとりあって笑顔で戻られました。

2004年以来、今回は2度目の紅白観覧でしたが、私にはすでに座席引き換えで奇跡と呼ぶにふさわしいことが起こりました。前回が1階C2列だったのですが、今回は1階L3列だったのです。ちなみにCのセンターブロックもLのレフトブロックも1列目は取り外しているので2列が実質1列になります。審査員席はC2列分がテーブルになりC3列に座られているのです。ですので前回は1列目、今回は2列目ということになるのですが、私の席はレフトブロックのセンター寄り通路側でしたので、ちょうど前に椅子がない席だったのです。ですので結局は1列目と同じで、何ものにも遮られず舞台を観ることができたのです。

入場時の座席引き換えの時には、前回があり得ない良い席だったから、そんな幸運はさすがに二度は続かないはず。今回、3階席の後ろの席になっても、会場に入れることだけでラッキーなんだから、”たかだか自分一人が良い席で観たいというのはしょせんは我欲。そんな我欲より、きよしさんが立派に歌い上げることが私にとって一番大事なはずでしょう”と自分を励ましていたくらいで、3階席の後ろになっても落ち込まないぞと覚悟していました。それに先に引き換えた方がどんどん階段を昇っていくのが見えていましたから(1階席は実際半地下なのでエントランスを入ったら正面階段を降り、2階席前方席にはそのまま前進。上に昇っていく場合は2階席後方か3階席なのです)。ですので私もその流れから2階か3階席なんだろうなという気持ちでいましたので、座席券を受け取っても怖くてなかなか券面を見られなかった前回と違って、わりとあっさりと引き換えた座席券の券面を見たので、逆に券面の1階という文字にまず「えっ?」という気持ちでした。そして列と席番を見てさらに「ええっ!」と信じられない気持ちでした。とりあえず心配してくれていた母に座席報告の電話をしているうちに、これで、きよしさんの姿を間近で観られるんだと思ったら、もう涙があふれてきてしまい(結局、えらそうなことを言って我欲の話になってごめんなさい)、あわてて人目をはばかって壁際に移動しました。電話口で母に「何でこんな幸運が起こったのかな、信じられない。引き換えの時、神様、きよしさんてお願いはしたけど、私ね、今電話してて泣いているんだよ」というと、母が笑いながら「いつも本当に損得抜きできよし君の応援しているし、最近ブログを始めて、たくさんの人が読んでくれてるって言ってたでしょ、きっとその両方への、ご褒美なんじゃないの」と言ってくれました。

昨日、会場には12時50分頃に着きました。前回より30分ほど早めでしたが、昨日は天候が良かったこともあり、すでに400人以上の方が並んでいました。それから入場時間の6時まで5時間。さすがに屋外なので、寒かったですが、前回の大雪を思えば苦にはなりませんでした。私の近くにはきよしさんファンがいなかったので、「どなたの応援に?」と言う会話の中で、「氷川きよしさん」と言うと、SMAPファンの方、石川さゆりさんファンの方、平井堅さんファンの方など、皆さんにきよしさんのことを褒めていただき、「今日は大トリで、すばらしい活躍ですね」なんて言われて、その度に「ありがとうございます」と答える私。これって、まるで身内だよねと思いながら、きよしさんのおかげで誇らしい気分でした。

少し昨日の場内の説明をしますと、今回はRブロックをすべてつぶし、そこにクレーンカメラを設置し、さらに後方席7列分くらいは音響装置などでつぶしてありました。そして、木山裕策さんのご家族やジェロさんのお母様のすわられていた席近くのレフトブロックの4~5列分は関係者席でIDカードを着けたスーツ姿の方が固まってすわっていました。今回、舞台は左右対称に作られてはいますが、ほとんどのやりとりは下手側でしたので、綺羅星のようなステキな出演者の皆さんを間近で観、熱唱を聴いて、感動する度に、きよしさんが大トリだから観覧できた紅白ですから、これはきよしさんからの贈り物だなって思っていました。そして番組が盛り上がれば上がるほど、この素晴らしい番組を締めくくるのはわれらが氷川きよしなんだと、ドキドキしつつもいっそう誇らしい気持ちになっていました。

NHKホールを出たところで年明けになり、NHKホールの壁面に”A HAPPY NEW YEAR”のグリーンの電飾がきらめきました。その場にいる人どうし口々に「あけましておめでとう」と挨拶し合いました。
2009年、きっと平和でいい年になるに違いありません。だってこんなに皆で幸せを、平和を願ったのですから。紅白歌合戦での皆さんの魂のこもった歌声を聴きながら、そう確信しました。