11月10日に渋谷のBunkamuraシアターコクーンで『表裏源内蛙合戦』を観てきました。敬愛する俳優の一人、上川隆也さんが『ウーマン・イン・ブラック』のロンドン公演を終え、初めて蜷川幸雄演出作に主演すると聞き、春から楽しみにしていました。
本作は江戸時代の天才・平賀源内の生涯を”表”と”裏”に二分したキャラクターによって描いていく音楽劇。1970年に発表された井上ひさし初期の作品で、上演困難と言われてきましたが、蜷川幸雄氏が蘇らせ、表の源内を上川隆也さん、裏の源内を勝村政信さんが演じています。上演時間4時間10分(途中20分の休憩をはさみます)、作品中にあふれてくる洪水のような言葉に私は圧倒されていました。そうして”言葉の持つ力”を再確認することができたように思います。「君は美しい明日を持っているか」という台詞は心に突き刺さってきました。上川さんは、かつて主演した音楽劇『SHIROH』の時より、ずっと歌唱力が増しているように感じました。もともと魅力的な声を持った俳優さんですが、歌う部分は朗々と、そして、語りつつ歌うシーンでの軽妙な台詞まわしでは、とても心地よいリズムを生み出しているように感じました。上川さんの演技は非常に安定していて揺らぐことがありません。ですがあえて欲を言えば、逆にもう少し危うさがあってもよかったのではないかなあという見方もできますし、源内の裏の部分を演じる勝村政信さんとの対比ということを思えば、それでバランスがとれていてよいのかもしれません。私には勝村さんの器用さがちょっと鼻につくように感じてしまう部分もあったのですが、それも表の源内の世渡り下手な不器用さを際立たせるため、蜷川さんの計算のうちなのかもしれません。
ついつい”かもしれません”を多用してしまいましたが、猥雑で多様なこの喜劇のことは一言では語れませんし、断じることふさわしくない気がしたのです。
これまで上川さんには何度かお話をうかがう機会がありましたが、今回、この作品については取材の機会がありませんでした。こればかりは自分でどうこうできることでなく、お仕事をいただく雑誌の方針や発行のタイミングがありますから仕方ないのですが、この作品については、実際に観て、ぜひうかがってみたいと思うことがいろいろありました。またご縁がありましたら別の機会にいお聞きしてみたいものです。
ところで開演前、ロビーで夕食がわりにベーグルを食べていると、蜷川さんが階上からいらっしゃるのが見えました。私が”、あ、蜷川さん”と思ってみていると、その日は原作者の井上ひさしさんがいらっしゃり、蜷川さんは井上さんにていねいに挨拶をされていました。井上さんはどのようにご自身の作品をご覧になったのでしょう。そちらも気になります。来年は3月に井上ひさしさんの新作書き下ろし時代劇『ムサシ』を蜷川さん演出で上演します。蜷川さんの秘蔵っ子である藤原竜也さん、小栗旬さんが主演します。来年の注目作だと思います。