身のまわりのものが
自分の状況や自己肯定感を表しているから
身のまわりのものを
大切にするといいよ
と、言われるけれど
そもそも、ものを大切にするっていう感覚が
わからない
そういうことは、ありませんか?
ものを大切にする感性や感覚が鈍っているというよりも
そもそも、そういう感覚がない。
鈍ってるっていうと、
もともとあった感覚が鈍くなった、
みたいなニュアンスがあるかなと思うんですけど
というよりも、もともと、ない。
少なくとも、あった記憶や感じが、ない。
そういう場合も、
けっこうあるんじゃないかなと思うんです。
そんな
鈍っているでも、もともとない、でも
そういう、ものを大切にする感覚がわからない、
っていう場合は
「この子は、どうしてあげたら、
よろこんでくれるかな。
気持ちいいって感じてくれるかな」
身の回りのものに対して
こういうふうに考えてみては、いかがでしょうか。
ものは、「人」ではないですけど
わかりやすく「子」と表現して。
そういうふうにとらえてみることで
そういう感覚が、生まれたり、はぐくまれたり
よみがえってきたりするんじゃないかと思うんです。
もちろん、最初から、
ベストの答えを求めるとかいう感じじゃなくて
逆にぜんぜん、わからなくてもいいと思うんです。
そういう方向に、頭を持っていく。意識を持っていく。
そのこと自体が、すごくいい
「ものを大事にするおけいこ」に
なるんじゃないかと思うので。
「この子は、どうしてあげたら、
よろこんでくれるかな。
気持ちいいって感じてくれるかな」
もし、何かのヒントになりましたら幸いです。
最後までお読み下さいまして、ありがとうございました。
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