健気な母を思いがけず失って、途方にくれながら日々を過ごしている愚息の亡き母への懺悔ブログにお越しいただき有り難うございます。m(_ _)m

お陰さまでブログを始めてから2年が経ち、投稿数も50回を越えました。

先月からは母の月命日に合わせて月一回の投稿にさせていただきましたが、今後ともよろしくお願い致します。m(_ _)m


私のユニークな母は有言実行ならぬ、無言実行な人でした。
元々極端に会話の少ない両親であり夫婦であったのでそれが当たり前に私は育ったのですが。

父は寡黙な、山奥の田舎者。
母は寡黙な、山間の町育ち。

そういう寡黙な個性同士の両親でしたのて、思い込んだら少々家族の反対があっても黙って押し通してしまう母でした…

…およそ20年前、父が他界した後しばらくして、一人になった母は率先してほころび始めてきた自宅のリフォームに取りかかりました。

私は毎週末にちょっと立ち寄るだけだったので、母は自分一人でトイレからキッチンから浴室から、自宅の水回りをどんどん改修し始めました。
屋根瓦も葺きかえました。
外壁も全塗装しました。
物干し小屋も増設しました。

まあ、気の合うリフォーム業者に恵まれたこともあるようなのですが。
頭領に電話を入れて希望を言えば、すぐに相談に乗ってくれていた業者の存在があったようです。

ところで浴室改修の時、母は私にいくつかの相談をしてくれました。

脱衣所の壁紙のデザイン、床フローリングの色あい、ユニットバスのメーカー選び…

それらの項目は親子の意見の一致をみて、相談の打ち合わせ通りに改修が進みました。

更に母は、浴槽脇にテレビをつけたい。
浴室の扉を安価な折り畳み戸ではなく引き戸にしたい。
という主張。

この二つについては私と意見が割れてしまい、特に浴室テレビについては当時はまだまだ贅沢品で一般的ではない物であったので私は真っ向から反対しました…

…が・・・

結果はいつの間にやら母の思いどおり。
自ら率先してリフォームしていた母の思い通りになるのは当然ではありましたが…

逆に、脱衣所内の一角に置かれる予定だった大きな洗濯機の設置場所について私は、

「階段の下のスペースを利用して洗濯機を潜り込ませたら?」

と、私が母に進言したことが功を奏して、大きくて場所を取る洗濯機が脱衣所のスペースを取らずにスッキリと階段下に入ってくれたことは当時母もとても喜んでくれて、その洗濯機置き場を見る度にあの頃の幸せな親子だった思い出がよみがえってきます。

今更ですが、母とは強情なところはとてもよく似ている幸せな息子でした。

お母さん。
あなたが率先してリフォームしてくれた大事な実家を廃れさせたくなくて今でも毎日通い続けているけど、愛犬達も居なくなって本当に寂しくなったよ。

お互い強情なところは似た者親子だったね。

正直この先お母さんが大切にしたこの自宅を守っていける自信もないし見通しも立たないのだけど、ここに戻るとやっぱりあなたとの思い出もよみがえるし心も癒されるよ。

…今はどこで暮らしてるの?
ひろちゃんお母さん。