こんにちは、chiruです![]()
最近、空は夏らしい入道雲が見られて壮観ですが、
今日見た雲は太陽をうっすら覆う雲でした。
台風の影響かな?
今日は重い足取りで子供の習い事の送迎バスの停留所へ。
だけど待てど暮せどバスは来ません。教室にも電話したけど、繋がらず。。
予定表を確認すると、休館日でした![]()
お盆休みもあるからと確か数日前に休みの日を確認したはずなのに、
ノコノコ停留所に行って…

行かんでもよかったんかーい!!と子供たちと言っていたのですが![]()
ちょうどバスを待っている時の事。
後ろの方から
『ごめんねぇ』と言う声が。
『いいんだよ』そんな言葉をかける会話が耳に入ってきました。
高齢の女性を、子育てをおえた頃合いの女性が体を支えながら歩いて、
私たちの目と鼻の先に停めている車の中へと入って行かれました。
その会話を聞いてふと思い出しました。
父の用事や付き添いをする時に、父や母が私に言っていたこと。
『ごめんね』の響きにそれは似ていました。
なのでつい、その見ず知らずのお二人に言葉をかけたくなりました。
『ごめんねぇ』の言葉に対して『気になさらないで』と伝わる言葉をかけたい!
そう思っていました。
でもごめんねが言いたい気持ちも受けとめることも大事かな…とか。
娘さんと思しき女性の大変さも、ふっと軽くなるよう言葉があれば…と
その方々が心ほっこりしてくれる言葉は何だろうと考えていました。
…って実際は全部想像で、勝手にそうかなと私が思っただけなのですが![]()
そんな想像をしている内に車は走りさっていきました![]()
今、子育て真っ最中で親の老後に直面し、たくさん考えさせられています。
人が老いること、そして終わりがあることを学んでいます。
その中でやはり思うのは、『老いること』をもっと老いる本人もそれを見守る人間も、
見守る社会ももっと安心して老いれるものであったら、
そして心ゆるっとそれは温泉に癒されるように老いれたら、
愛せたら、とそう思います
きっと中には愛せている方がいるでしょうし、感謝し合えている方もいらっしゃると思います。
そして自分の心にある悲しみ、淋しさ、心乱される思いなどがあれど、
自分をしっかり生きることができたなら
心配せずとも老いることも大切な誰かが老いることも愛せる物だと信じます。
親を見て最近そう感じはじめました
人は変動するものに戸惑いながらもしなやかに、そして自分を見つめ信じること。
社会や世界には、物理的に手助けが必要なシーンに対応出来る工夫を
クリエイトしてもらうことでセーフティネットの役割が多岐に広がればと願います。
そうやってきちんと役割分担が出来ていて、各々の役割の認識が明確であれば
それぞれの在り方に集中できるかな?と思います。
『ごめんね』や『いいんだよ』も必要なくて、その会話に共感することさえも
必要のない世界を願うことは、きっと痒い所に手が届く、
痒かったことも忘れる世界への一歩だと信じて![]()
願うこと、描くことは気づき、そして向かう動力だと、信じて✨
時は、あるがままに流れてゆくのですが、願い描く今もまたあるがままの流れだと
信じて✨
習い事のバスは来なかったですが![]()
このブログを書けたことに感謝を込めて✨
