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chiruです
つい最近まで寒かったのに、桜が咲く季節なんですね🌸
(今は新芽にかわっている頃ですね)
ほんと時間の流れが早いこと
新しい年度、始まりの季節です。
母が急逝し、元々体調が心配だった父もたくさんの協力者の力をかりて、
父もようやっと移動する気になり、
生活のサポートがしやすいお家に引っ越しすることができました。
伴って家財整理や賃貸だったお家もお返しする手続きをしたわけですが、
大変でした(費用面でもシーズンだったので割高)
『自分の親』とは言えど、1人の人間の生きてきた軌跡を代わりにお片付けすること、
『1人の人間』とは言えど、その軌跡の中で苦楽を共にした自分がその役目を担うこと、
心穏やかではありませんでした。
私は自分でもお別れや手放しが特に苦手なんじゃないかと思う所で、
理想通り淡々と出来たとは全然言えない仕上がりです
そんな真面目さに加えて、自分の境界線、限界値が分からず、
『よくやった』『充分』とか『これ以上は無理をする』
そんな匙加減を何をもって判断したらよいか分からず
これまでとにかくそれと分かるまで力注いできたと思います。
看護師を退職した友達の話なんですが、現役時代はよく仕事は激務だと言っていました。
ある時『とうとう蕁麻疹が出た』という話を聞いた私は
独身で若かった事もあり、
『やっぱり無理をすると体に出るもんなんだな。
私は出てないなぁまだ力持て余してそうだな』
なんて思っていました。
今は、色々ありましたがちょっと動悸を感じたら、無理してると気づき
身を引き、切り替えるよう努めています。
今思えば、体に出ていないと思っていましたが、
充分頑張っていたと思います
自分の限界はコレと知った今は、生前整理を淡々と出来たとは言えませんが、
人の代わりに自分がやるという差し出がましさは置いといて、
出来るだけシンプルに出来たのではないかなと思っています
納得感は大事で、後悔もしたくないので、とことんやってしまいそうになりますが💦
頑張り過ぎたり、頑張るベクトルが合ってない時は、いづれ異変が現れます。
(私の場合は、昔から親の老後のお手伝いは自分がやるんだと思っていて
終う作業は人生を通しての一つの夢でもありました。
私の子供への負担がちょっとでも無くなればいいという思いもあるので、
自分の終活でもあります。)
老後や、終活は誰もが通る問題だと思います。
親といえど子といえど、1人の人間です。
また兄弟、姉妹、親戚であっても1人の人間です。
問題をクリアするのには、結構大変な事なので、気持ちが大前提ないと
共倒れします。
何より協力したいという気持ちがあったり、仕事として取り組める人間が必要と私は思います。
老後を気にする血縁関係がいない人や、血縁関係があっても協力出来ないと割り切る人なども
あると思います。
なので、本当潤って欲しいのは行政、どう社会が1人の人間の老後に関わっていけるのか、
どれだけ安心して行政に頼っていけるのか、そこが潤ってくれたなら…と思います。
子供産んで感じた事、親が老いて感じた事は
自分が見えてる世界が小さく閉ざされがちだなという事。
職場復帰した時は、気づかずに過ぎていました。
それも悪くはないのですが、自分的には欲を言えば『よかった』と言いたい。
閉ざされがちな世界では何が足りてなくて、何が問題なのか分かりません。
分かったとしても、その解決策まで到底1人では見つける事はできません。
ヤングケアラーやもっと他であっても、協力者の存在は欠かせないと感じます。
よき理解者の存在のありがたさ、
よき協力者の存在のありがたさ、本当にありがたいです。
そんな存在に巡り合うまでにも、
まず自分が自分の味方であってほしい。
そして味方の自分と共に物事を冷静に分析し分解し適材適所に
割り振ることが出来たなら…
抱え過ぎない自分を覚えたなら見るべき世界も変わる、そう思っています✨
その受け皿となるべく行政が潤ってほしいな✨と思います。
かたくるしい文字の羅列ばかりですが💦
何かポジティブなメッセージを受け取っていただける方へ届きますように✨
ここまでお読みいだいた方へ感謝を込めて✨