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さんきゅ〜書房のブログ

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禅的生活【玄侑宗久】

本の紹介:
生きにくい世の中である。不況、雇用不安などの外圧もさることながら、個人の内部に深く根差した、生きるための目標、足場の固め方までもが見えにくくなっている。だけど、しょせん人はこの身と心で生きてゆくしかない。それならいっそ、ものの見方をがらりと変えて、もっと楽に生きるための思考法を身につけてしまおう。作家にして禅僧である著者が、禅語をもとにその世界観をひもときながら、「今」「ここ」を充実させるための様々な智慧を、坐禅なしに伝授してしまおうという画期的にしてフラチな人生指南書&禅入門の一冊。

目次:
なぜ「迷い」が生じるのか
……

感想:
方向定位連合野への求心路遮断(情報入力停止)を起こすための瞑想の技術を、二つに分けて考える。一つは心からすべての思念(妄想)を追いだそうとするアプローチであり、これが「受動的アプローチ」と呼ばれている。通常の仏教的瞑想、また坐禅もこれに入る。しかし彼らはもう一つ、マントラや経典の一節などを利用して心の焦点を絞り込んだりするタイプを「能動的アプローチ」として設定するのである。カソリックの瞑想はむろん「神」や「イエス」のイメージに集中していくわけだからこちらになる。公案をつかう臨済宗の坐禅の初期状態もこちらなのだろう。
この「能動的アプローチ」によって達成される状況を彼らは「神秘的合一」と表現し、「絶対的一者」と区別する。言葉そのものは似たような感じはするが、要は一つのイメージに収斂していくか、その一つもなくなってしまうかという大きなちがいである。神を見るか、宇宙に溶けるか、という言い方も可能だろう。

日常のなかでこそ「お悟り」で得られた「絶対的一者」が活かされなくてはならない。それはまず、因果に落ちない生き方と考えていいだろう。過去の自分はすべて今という瞬間に展かれている。そして未来になんの貸しもない。そのことを心底胆(はら)にすえて生きれば、いつどこで死んでもいいという覚悟にもなるのだろう。「人間、到る処青山(せいざん)あり」の「青山」は、「死んでもいいと思える場所」のことだ。


「今」がすべてだと思えるように思考をもっていきます。まだまだ勉強不足です。