これまでの人生を振り返ると、「最高」だったとしか言いようがない。これ以上の人生なんかないような気さえしてくる。


 しかし、これからの人生を考えると「辛くてしょうがない」というのが本音だ。きっと辛いことばかりのような気がする。


 30って、人生の分かれ道だったのかもしれないね。



 不来方の お城の草に寝転びて に吸われし十五の心(石川啄木)


 啄木のような人生だったか、壮年末期に血を吐く漱石のような人生か。




 三国志の時代に生まれたことわざに「背水の陣」がある。私の場合、結局自分が悪いのだが、「崖っぷちに一人」と今なっていると思う。


 転職してからも、つらそうだし、転職しないままでも辛そうだ。進退きわまったってやつか。


 北方さんのことで書こうと思ったのは、北方さんの場合、結局学生運動っていうものが核にあって、それは、初期作家として成功したときに一つの作品「あれは幻の旗だったのか」として結実したのだけれど、さらに成功されてから「水滸伝」として昇華された、ということである。


 私の場合、原体験は、高校生活にある。女の人にもそれなりに恨まれて生きてきたのだけれど、そこにあってはいけないのかもしれない、心の原点がある。これをどうにかして生かしたいと思っていると思う。


 北方さんの場合、学生運動はめちゃくちゃになっただけだったとおっしゃっていたけれど、私の場合、それを生かしていけるのだろうか。他のことで頑張ればいけるのかもしれないけど、そこまでいけるのか。精神的には一杯一杯な感じで生きている。世間の人も冷たいし。


 実家にいるのも、これから介護が必要になるかもしれない、っていうのも理由になりつつあるな。


 精神科に通院するようになって、2か月近くになるが、ずいぶんよくなってきたと思う。


 よく考えてみると、親にずいぶん当たった理由もよくわからないし、社会適応性があまりないのもよくわからない、脳の発達に関連していると考えると、実はかなりスッキリすることも分かってきた。やはり素人判断はよくない。

 

 お医者様というのはそれにしても偉大だ。健康なときは、なんでもなくても、いざとなれば、どんな人もお医者様に頼るしかない。病人を見続けるその持続力、知識の広範さ、正確さ、どれをとっても畏敬の念を感じる。