正直言って、私は携帯なんて、要らないのだし、極端にいえば、電話でさえ要らない。こんなもの発明されなかったら、よっぽどよかったろうと思う。
さらにいえば、自動車もいらない。
世の中電車で移動し、連絡するときは、直接、というようなシステムにどうしてならなかったのか。
意外に思われる方もいるかもしれないが、人類の科学の発展の歴史は、+ばかりではない。
たとえば、鉄器の発明は、軍の殺傷能力を増し、一人の兵隊の背負う武器の量を増やした。
爆弾やら、原子爆弾やらも、別に要らなかった発明である。
しかし、こういった発明は一度されてしまうと、それを止めうる手段がない。こういうのこそ、歴史の必然というのかもしれない。
携帯なんて、うっとうしい。かかってくる電話もいらない、と思ってはいるが、携帯なしで、いまどき生活するのは、至難の業だ。自宅電話も、携帯電話も、テレビでさえも、ないような世界が理想だけれど、そういった社会に世の中が動いてくれる可能性は限りなく小さい。
自家用車は制限し、タクシーと救急車とパトカーだけの世の中になれば、世の中も変わるが、そういった法律は果たして作れないものなのだろうか。
こうやって考えていくと、マルクスらの、理想社会に対する考え方は、甘ちゃんで小さい、と感じられてくる。
現実からの逃避=疎外=表現されたものでしかないから、当たり前といえば、当たり前だが。