母屋には風呂がある。

風呂無しの離れに住んでいる私は、母屋の風呂に入らなければならない。

何度も言うが夫だけでなく、夫の父母、祖父母、弟2人もいるのに。私も同じ風呂に入らなければいけない。

いくら結婚したからといっても他人だ。



かつて、結婚する前に一度、農作業を手伝って汗だくになったのでお風呂を借りたことがある。

「バスタオルかかってるから使ってね」という姑の言葉の通り、タオル掛けにクリーム色のようなバスタオルが一枚掛かっている。

よく見ると、かつて真っ白であったはずのバスタオルが、黄ばんでいる箇所、茶色くなってる箇所がある。 

我慢して使った。


が、後に恐ろしい事実を知った。


バスタオルは家族で共有ということ。


旦那曰く

「風呂入る順番が遅いとバスタオルビショビショなんだよね。」


えっ?引くわ。


結婚した私はもちろんマイバスタオル持参でお風呂に入ることにした。



姑に「潔癖症なの?」と不思議がられた。



そして、更なる地獄の節約術を紹介します。


姑はこの大人数が入った風呂の水で翌朝洗濯をすること。

強者だ。私には真似できない。

そして、私が毎日風呂掃除をしていたら、「毎日掃除する必要はないよ。2日にいっぺんでいいよ」と言う姑。

嫌だ。夫の家族と同じ風呂というだけでも本当嫌なのに、風呂の水を2日間使うって。罰ゲームより酷い。

1日でも水は濁っているし。茶色がかっているし。



ここは、言葉は通じるが、文化が全く違うところ。そんな家に私は嫁いでしまった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敷地内同居がスタートし、私と夫が住む【離れ】
数メートル離れた場所には、夫の父、母、祖父、祖母、弟1A、弟Bが住んでいる【母屋】がある。
母屋は瓦屋根の昔ながらの日本家屋といった作りでデカい。
とにかくデカい。



一階部分は土間のキッチン、そしてダイニングとは呼びずらいこちらも土間の食卓がある。結婚する前はご飯は別という話だったのに、嫁に来てしまえば当たり前のように毎食母屋でみんなで食べなくてはいけない流れに。


毎食のご飯を作るのは私に。
義祖父母と義弟達の分まで作らされる。
姑にハメられた!!

ご飯を作っている間、義祖父と義祖母はキッチンに立つ私の背中側の食卓テーブルに座り、「飯はまだか」という無言の圧をかけ続ける。

嫌な圧。


雨の日も雪の日も台風の日も、母屋まで3食ご飯を作り、食べ、片付けなくてはならない。
慣れない炊事。味も不安定ながら一生懸命作りましたよ。
時には薄味、そして濃い味。時には量が足りない。作り過ぎ。
嫁に来て日も浅く、上手にこなせない私に。
私が作ったコールスローサラダを食べた私と同い年の夫の弟がボソッとひとこと。

「なんでこんなん食わなきゃなんねーんだよ」

って。

「あぁー!?おい!ゴルァ!!貴様は何様だ!?ボケカスアホがー!文句あんなら食うんじゃねえよ!テメェで作れや!」と、キレた私はコールスローの入った器を右手で持ち、大きく振りかぶり、義弟の顔面に投げつけました。

なんてことはせず、我慢我慢。聞こえないふりで乗り切りましたよ。
顔は笑顔で、心で泣きました。



はじめまして。
農家に嫁いで早18年。
思い返せばいろいろありすぎたので、ブログに綴ろうと思います。


私は二十歳の頃に農家の夫と結婚。
二十歳の私は何事もノリと勢いでなんでも乗り越えられる!というポジティブ思考。

幸か不幸かそんな性格のお陰で、幾度となく苦難を乗り越えてきました。

歳を重ねれば自然と落ち着くものだと思っていたけれど、落ち着くどころかパワーアップしたと自負。



結婚してすぐに夫の家族との敷地内同居がスタート。
私に選択肢はなく、敷地内同居が決定。
農家に嫁にいくとは、そういうことか。となぜか納得した当時の自分よ
『もっと自己主張して良いんだよ!我慢するな!納得するな!』と言ってあげたい。

なんとなくチョチョッと住めるように改装した倉庫の2階。
2部屋とトイレ。全く使うことのなかったキッチン。
そんな住処にお風呂と断熱材はなく、
冬は寒く夏は蒸し暑く。
外気をダイレクトに感じることのできる空間。
そして、驚くことに玄関の鍵は無し。
泥棒さんいらっしゃい状態の作り。
辛うじて、中からチェーンを掛けれるようになってはいるが。ただの気休め。
外出の際は鍵がないからかけれない。
そんな作りに度肝を抜かれたけど。
泥棒さんも、こんな倉庫の2階に人が住んでるなんて思わないだろうという作りなので無理矢理納得することにした。
この私と夫の住処を【離れ】と呼ぶ。
隣の母屋の話はまた次回。