フジコ・ヘミングがなくなった、という報道のあと、
5月2日に下書きして放置してあった記事。










フジコ・ヘミング、NHK特集でブレイクしたのでしたね。
しかし、その遍歴を見ると、何と運命に見放されていたことか、と思います。
世の中には、このような人が沢山いるのでしょうか。
フジコ・ヘミングが、自分を棄てず曲げず、自分の演奏をやり遂げて一生を貫いたことは、奇跡のようなことです。
まさに奇跡の人と言ってもよいかと思います。
だから、その演奏が心を打つのでしょうね。


フジコ・ヘミングの人生をここに書く必要はないですね、いまや誰でも知っている。
しかしそれは今の話で、彼女のピアニストとしての技術的な絶頂期には、不運が重なり彼女の存在はほぼ世間には知られていなかった。
若い時に片耳の聴力を失い、バーンスタインに見出されて掴んだリサイタルのチャンスも高熱で潰れ、、
それでも彼女は弾き続けて、、
あ、いや、書く必要ない、と書いたのでしたね。

彼女がインタビューを受けた記事に、
いつまでピアノを弾くか、と聞かれて、

いつまで弾けるかなんて、知りません、考えません。
何も考えずに弾く。だって私はピアノで、ピアノは私なんだから。私にとってピアノは生きることなんだから。

と答えた、というのがありました。
夢は掴みに行く遠いものではなくて、自分と一体化しているものだ、というようなことも答えていました。

長い苦闘の年月があったからこその魂を揺さぶる演奏なのかもしれません。
失われたからこそ得られたものがある、というのは確かに人生の皮肉な真実かもしれません。
でも、演奏者としては、絶頂期を聴いて欲しかったでしょうね。


テレビで数回、彼女の演奏とドキュメンタリーを見ました。

カンパネラの響きは、まさに祝福の鐘の音、ということなのでしょうね。