11月5日、金沢弾丸旅行2日目です。
近江町市場のランチから、再び兼六園方面へ向かい、まずは尾﨑神社へ。
 
 
 
 
前日にお参りした天徳院に祀られている珠姫の息子、前田家4代当主の前田光高が、曾祖父の徳川家康を上野寛永寺から勧請して祀った神社です。
 
 
 
金沢東照宮と呼ばれたのは、家康を祀っているからでしょうね。
豪華で美しい社殿だから、という解説もあるようですが、その豪華で美しい社殿は家康を祀っているから。
 
 
 
ここの社殿は、国の重文です。
確かに、美しくて、きらきら輝いています。
 
 
 
赤くなっていない楓もなかなかいいんじゃない?
 
 
 
緑とはいえ秋なればこその、若干スモーキーな楓と朱塗りの社殿は、なかなか良いコントラストです。
 
 
 
前田家の徳川に対する思い、考えは、複雑なものがあったでしょうね。
戦国から徳川の世を生き抜くために、飲み込んだり目をつぶったこともたくさんあるに違いありませんから。
珠姫の苦労を思うと、その息子の光高は、どんな気持ちで家康を祀ったのでしょう、と考えてしまいます。
自分の母親は、家康の孫ではあっても、徳川と前田の狭間で気苦労が絶えなかったこともよく知っていたでしょうが、これも前田家生きる道、と思ったか、それとも曾祖父への畏敬の念にあふれていたか、私などでは知る由もありません。
 
 
色調を抑えた緑が、赤をぐっと引き立てる、というか、程よい塩梅なのですね。
くすんだ抹茶色が加賀の地ならば、中心に赤く輝く社殿こそ徳川の威光という訳なのでしょうか。

 

 
 
屋根が白く光っています。
 
 
 
さて、金沢城です。
 
 
 
広い。
空に伸びる天守閣がないことが、余計に広さを感じさせるのかも知れません。
 
 
上が切れてしまいましたが、かっこいいですね。
 

 
 
五十間廊下。
 
 
この廊下には、武器が置いてあったということですが、内部がこんなに広いのなら、天守閣もあっての城であればどれほど大規模な建物であったでしょう。
 
 
外へ出ました。
午後もだいぶ遅くなっていましたが、まだ夕焼けにははやく、青い空が残っていました。
 

 

青空のかなたに。
 
 
 
美しき半月。

 
 
門を出る頃になると、急に光が弱くなってきました。
 
 
西の太陽が、だいぶ傾いて、お城を横から照らしています。
 
 
 
木々のシルエットを浮かび上がらせながら、一日の幕を下ろそうとしている太陽。
見えなくてもそこに存在していることをこれほど強くアピールできるというのは、太陽ならではです。
 
 
 
 
洪水浸水被害によって、列車によっては運転していないものもある北陸新幹線、幸運なことに私どもの予約した「かがやき」はそのまま運行で、ありがたく乗り込んで江戸に帰ってまいりました。