トンネルを抜けたら青空

トンネルを抜けたら青空

暗いトンネルは早く抜けた方がイイ♪
私が抜ける過程から何かヒントを掴んで
頂けたら、と思い数々の経験を
ぶちまけますね(^^)v

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二度目の行方不明から何日が過ぎたのでしょうか



義兄から電話がきました。



「確かめてはいないが居場所らしきものがわかった」



なんだかイヤな予感がしました。

それがなんなのか次の言葉で気がつきました。



「実は母さんが余計な事したらしい」



会社名等は出せませんが

そこが嫌で逃げ出し行方までくらましたのに

あろう事か同業の営業マンが自宅に来た際に

夫の話をしてしまい就職をさせてもらうことになったというんです。



考えてもみてよ

親の話だけで「はい、いいですよ」って会社、ありますか?



昔からの知り合いでもなければ

見ず知らずの家に飛び込みで営業に行った先の息子

しかも40も過ぎて会社を辞めて無職の人



とにかく、その営業マンに託したという訳です



義兄は実の母に矛先が向かぬ様に

懸命に牽制をしていました。



挙句に言った言葉は

「俺らの弟だけどお前の旦那なんだから自分でなんとかしろ。

コレ以上は知らない」



呆れてしまいました。

確かに言ってることは間違いじゃないです。



内心思いました。

「別れてしまえば私は他人。

でも貴方たちには一生、家族だわ」と。



この時の就職(と言えるのか)は私たちを

窮地へと追い込むものになったのです。

義兄の家を出た夫の行先は
全くわかりません。

義兄に実家を確認してもらいましたが
行ってる気配は無し。


この頃だったと思います。
私は家裁での調停を申し立てていました。
電話にもメールにも応じないし
とにかく家に戻ってこないのでは
どうすることも出来ない。

あらゆる機関に相談した結果、
身内を入れずに家裁で話し合うのが
良いのではないか?との
アドバイスを受けての事です。

私は知らなかったのですが
離婚だけじゃなく
和解の為の話し合いの場として
申し立てる事が出来るんですね。

もう夏も近い頃だったと思います。

小学校の運動会は父親不在で行きました。
初めての父親が居ない運動会でした。
この時は「今年だけ」と思っていたので
寂しさとかはなく、むしろ気楽さを
感じていましたね。

そして私の実家では(別の土地)
父親が明日をも知れぬ病状で入院を
続けていました。

見舞うことすら出来ないなんて、
と考えては腹が立つ毎日。

親子で見舞いに行くには
交通費だけで5万はかかります。
その上、家のある田舎ではなく
大病院がある隣の市に
入院していたので
宿泊費も必要でしたから、
とても行けません。

その状況のなか、辞職したり家出したり
できる夫が私には理解出来ず、
怒りしか湧いてこないのです。

一体、何を考えてるんだか

全てが恨めしく
腹立たしいとしか思えない。

私が何をしたの?
不平不満があれば
言えばイイのに。

こんな事して無抵抗な子供まで
困らせて何が楽しいのか。

怒りと恨み

私の心は崩壊寸前でした。
義兄の家に身を寄せた夫が
何を考えていたのか
今となっては知るよしもないですが
義姉には毎日のように電話をし
連絡を取っていました。

それでも特に代わり映えのない
状態が続いているのと
特に進展をみせる気配がないことで
私から電話をするのは控え始めたのです。

何せ、お任せした以上、家に戻すのも
直接会うのも義兄の判断を待つしかない、
そう思っていました。

当初はハローワーク等の話をしたり
なんとか「まともな生活」に向かうよう
促してみたりもしたようですが
ある日義兄からの電話で
「あれはナニを考えてるんだ?
俺はもう話をしたくない」と言ったんです。

私にはわかります。
本当に時として全てが的から外れた話に
なることがあるんです。
正直、イラッとします。

兄弟でさえ理解出来ぬ夫の行動。

それでも義兄なら何とか 
話をしてくれる。
義兄の話なら聴く耳を持つはず。
と僅かな望みを持っていました。

そんな毎日をおくっていて
二週間ほど連絡が途絶えたので
久しぶりにこちらから
連絡を入れたときのことです。

電話の向こうで義姉の明るい声が
「1週間前に出て行ったわよ」と。
私は「どこへ行ったんですか?」と
当たり前のことを訊ねる。
「てっきり(私の住む家に)帰ったと思ってた」

それならそれで、連絡くれても良いだろう

私は思いましたが口には出しませんでした。
そんな事より又、振り出しに戻ったのです。
そして今度は義兄からの電話にも
恐らく出ないでしょうから
探すのは困難だろうと予想出来ます。

憤りやら失望やら空しさやらで
私の頭の中は飽和状態です。

のちに「よく倒れませんでしたね」と
言われたけれど、何故かしら
自分が弱るような事はありませんでした。

はたから見たら何も変わらない毎日に
見えていたようです。

再度「行方不明」となった夫。

ここから私には信じられない展開が
待ち受けていました。