トンネルを抜けたら青空 -2ページ目

トンネルを抜けたら青空

暗いトンネルは早く抜けた方がイイ♪
私が抜ける過程から何かヒントを掴んで
頂けたら、と思い数々の経験を
ぶちまけますね(^^)v

夫が帰らなくなって何日が過ぎたか忘れましたが

携帯の充電がされていることが

生きている証拠と思い、とにかくメールは

送り続けました。「連絡が欲しい」ことと

「帰っておいで」との二点を繰り返し。


全く返信がないので私は義兄にお願いすることにしました。

家に帰っていないことは知らないふりで

夫を呼び出して欲しい、と。


義兄は割と夫と連絡を取り合うことが多かったので

不自然ではなかったのです。


ただ、辞職や家でのことを話題にすると

警戒して呼び出されても姿は現さないと思ったので

別な用を作ってもらいました。


義兄も「まずは話を聴いてみる」と言ってくれたので

お任せすることにしました。


作戦は上手くいき夫は義兄の家に現れました。

私は義兄の提案でその場には行きませんでした。


義兄から電話が来て

「今は何を言っても無理だから暫くウチに預かる」

そう言うのです。


私も義兄の家なら問題はないと思ったし

何より生きていたことにホッとしたので

お願いすることにしました。


これが思わぬ展開を生み、夫の実家との

完全なる決別となろうろは思いもしませんでした。

来る日も来る日も携帯に電話し

メールを送る日が続きました。


数年前、弟が東京の大学に通っていたとき、

同じように連絡が取れなくなってしまった事がありました。


両親が心配して私に泣きついてきたので

警察に届けた時に

「基本的に成人が行方不明の場合は捜索は行わない」と

言われました。

事件性がない限り自分の意思で行動していると

思われる訳です。


その際、興信所に相談したのですが

とても親切な方で「捜索費用は莫大なもの」なのでと、

仰って探すコツを教えて下さいました。


ま、弟は無事に見つかり首根っこ捕まえ実家へ

送り返しましたが(笑)


そのことがあるので警察には届けませんでした。

ただ数日が経過していても携帯が通じていることから

連絡手段を絶とうとしていないことが伺えます。


今のうちに見つけ出さなければ、と気持ちは焦りますが

探す手立てがない。

おまけに自由には動けない。


この時も興信所に相談を試みました。


やはり費用がかなり高額になるので

自分で探すことを勧められます。

その際に的確なアドバイスもつけて下さいました。


そして有難い事に

「ご家族皆さんを集めて下さい。皆さんで探した方が早い。

その方法をご説明しますから」とまで言って下さいました。


夫の辞職の際の散々な言われように、

連絡を避けていた義父に電話を入れました。

夫が行方不明であることを告げ

搜索に協力して欲しい旨を説明すると

「なんの為に探す?大人なんだから必要ないだろう」との言葉。

確かにそうかも知れないけれど

状況的には楽観出来ない要素もあり日にちも経ちすぎている。

生存の可能性があるうちに見つけたい、とお願いしたのですが

「必要ない」の一点張り。


この時、夫が実家に身を寄せていたのであれば

この言葉も頷けますが、行ってはいませんでした。


それでも、この対応です。


やはり電話するんじゃなかったと後悔しましたが


そんな人に惑わされている場合じゃないので

興信所の方にその旨を連絡。

「そんな対応は初めて」と驚いていましたが、まずは

探すことをしなければ・・・・


頂いたアドバイスを参考に乗っていった車を目印に

所持金は多くないしカードは持っていないことから

昼間は郊外のパチンコ店の駐車場、

夜はネットカフェの駐車場、と可能な限り探してみました。


これもまた雲を掴むような作業で

正直、虚しさだけが募るのでした。




さすがに数日、帰宅しないのは
普通ではないです。

携帯は通じてはいるものの
全く応じてはくれず
何をしてるかは解りません。

勤務先に電話をいれたのは
何日間経過していたのでしょうか

返ってきた答えは「辞めました」
でした。

しかも「御主人には期待していたんですが
ガッカリです。全く奮わない」との言葉。

「うちとは、もう関係ないんで」と
言われ終わりました。

きっと毎日が針のムシロの様な
感じがしていたと思います。
それでも行き続けたのは
他に考えつかなかったのでしょうね。

真面目で誤魔化す事が出来ない人ですから
適当な理由をつけて休み
職探しでもすりゃあイイのに。

とにかく行方不明となったのは
間違いなかったのです。

この時点では夫の実家には
知らせていませんでした。

それと言うのも
突然の辞職の際に散々な言われ方を
して私は無駄に腹を立てることが
重なったので、夫の辞職に関する事は
一切、相談しないと決めていたから。

そして、このあとも夫の親、兄弟からは
耳を疑う言葉を浴びせられることに
なります。

いろんな人が居るのは解っています。
それにしても、あまりな言葉に
涙も出ず、存在を忘れる事で
自分を守ることしか思いつきませんでした。

全く連絡がつかないまま
時間だけが過ぎていく、そんな毎日。

子供達は相変わらず明るく元気でした。