「ありあまるほどの、幸せを」 266 | 空に揺蕩う 十時(如月 皐)のブログ

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「すみません、起こしてしまいましたか?」

 薬が効いているはずだから、まだまだ強い睡魔が襲っていることだろう。それに抗ってまで起きる必要はないと優しく頬を撫でるが、アシェルはむずかるように首を横に振った。

「おいで……」

 フワフワした声音で紡ぎながら、アシェルはルイを引き寄せる。日々鍛えているルイからすれば力の入っていない腕など身を動かすことすらできないものであったが、逆らうことなく自らアシェルの元へ身を寄せる。おそらくルイの気遣いには気づいていないだろうアシェルは、己の胸にルイを抱き寄せ、ポンポンとその背を優しく撫でた。

「大丈夫、だいじょうぶ……」

 その声音は、温もりは、ただひたすらに優しく穏やかだ。それが無性に懐かしく、苦しい。

「アシェル、その言葉が真実なら、どうか諦めないで」

 ルイが何を言っているのか、夢現のアシェルはきっと理解していないだろう。それでも縋りつかずにはいられないルイを抱きしめ、その髪を優しく撫でながらアシェルはゆっくりと瞼を閉じた。

「う、ん……」

 わかったよ。

 吐息に紛れるほど微かなその応えに、ルイは小さく微笑む。そして抱かれていた身体を少しずらし、今度はルイがアシェルを包み込むように抱きしめる。また小さく寝息を零しだしたアシェルの眠りを妨げぬよう、触れるだけの口づけを降らせた。

「アシェル……。私は諦めません。あなたと数え切れぬほどの日々を過ごす未来を。だからどうか、側にいてください」

 まだまだ、あなたと一緒にしたいことが沢山あるのです。

 どうか――。

 決して離すまいとアシェルを強く抱き、ルイも瞼を閉じた。忌々しい雨の音が微かに聞こえる。

 

 そして、バーチェラに雨季がやってきた。