「ありあまるほどの、幸せを」 117 | 空に揺蕩う 十時(如月 皐)のブログ

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「で、せっかく兄たちが来たのに、これで良かったのかい?」

 応接間から少し離れた場所で、ラージェンは愛しい妻に視線を向ける。先程までは楽しそうに満面の笑みを浮かべていたというのに、今はとても寂しそうだ。そんな顔をするなら、公務だなんて嘘をつかず久しぶりの家族団欒を楽しめばよかったのにと思うが、そんな夫の気遣いにフィアナはゆっくりと首を横に振った。

「なかなか時間が作れないから、お兄さまたちと沢山お話したいのはやまやまですけど、でも、お兄さまに苦痛を強いてまで私の欲を優先したいだなんて我儘は言えませんわ」

 きっとフィアナの前では、アシェルは何も言わずに微笑むから。彼は、いつまでもずっと兄であろうとするから。

「それに、お兄さまたちと兄妹水入らずでお茶をするのは、また出来ますもの。――きっと、できますもの」

 その声にラージェンは彼女を見つめるが、フィアナは何でもないように微笑んで腕に回していた手を離した。

「さて、私はお部屋でオルシアのシェリダン妃に送るお手紙を書いてきますわ。ラージェンも、お仕事頑張ってくださいな」

 さぁさぁ、早く執務室へ、と促す妻に苦笑して、ラージェンはフィアナの手に口づけを落とすと踵を返す。そんな夫の背中を見送ったフィアナは、もうアシェルたちも出たであろう応接間の方を振り返った。

「……約束、守ってくださいますわよね?」

 その呟きは広い回廊に零れ落ち、誰も知ることはなかった。