📖 前回のあらすじ

健一の家ではパチンコ代をねだる父親と母親のやり取りが展開。「勝ったらスタイニーとウインカー付き自転車を買ってやる」と決めゼリフを残してパチンコ屋へ向かう父親を見送ると、そこへゲイラカイトを持った竜二がやってきた――。



【第三十一話】

ゲイラカイトと、空の墓場


本当は太陽も誘おうと思ったのだが、太陽は地元少年野球チーム『平岡ジュニア』の練習日だったので今日は来られない。

「健一! 遊びに行こうぜ!」

朝から元気な声をあげてうちにやってきた竜二の手には、あの特有の不気味で巨大な「目玉」がプリントされたビニール製の凧――当時、子どもたちの間で空前絶後の大ブームを巻き起こしていた『ゲイラカイト』が握られていた。

「うわ、ゲイラカイトやん! 懐かし……いや、すげえな!」

「へへん、親父におねだりして買ってもらったんや! (62歳なのに)広い田んぼで揚げようぜ!」

俺たちは、冬の乾いた風が吹き抜ける近所の広い田んぼへと走った。

「よし、健一、持っとけよ! 俺が走ったら手を離せ!」

「おっしゃ!」

竜二が風上に向かって一気にダッシュする。手を離すと、三角形の黄色い翼が「バババッ!」と風を掴み、一気に大空へと舞い上がった。

普通の和凧とは比べものにならない圧倒的な上昇力。

ぐんぐん、ぐんぐん高度を上げていく。

「すげえ……! めっちゃ上がるやんけ竜二!」

「うおーっ! 手応えがヤバい! 腕引っ張られるぞ!」

リールから糸がグングン出ていき、ゲイラカイトは空の彼方、雲の手前まで小さくなっていった。

澄み渡る昭和の青空と、手に伝わる強烈な風の手応え。

(ああ……俺、本当に十二歳に戻って、生きているんだ……)

胸の奥から込み上げてくる圧倒的な生の実感に、俺は胸がいっぱいになっていた。

その時だった。

「あっ……!?」

バシッ!!

甲高い音とともに、手に伝わっていた重みがフッと消えた。

あまりの高力と強風に耐えかね、凧糸が途中でプツリと切れてしまったのだ。

「あーっ! 俺のゲイラカイトーッ!」

風に乗ったゲイラカイトは、糸をダランと垂らしたまま、優雅に、そして残酷なほど滑らかに空の彼方へと飛んでいく。

「待てーっ!」

俺と竜二は田んぼの畦道を必死で追いかけた。しかし、風に乗った凧に小学生の足が追いつくはずもない。

やがてゲイラカイトは、住宅街の向こうへと消えていった。

「嘘だろ……昨日買ってもらったばかりなのに……」

膝から崩れ落ちる竜二。

ふと見上げると、そこには街を張り巡る電線が広がっていた。

見慣れたはずの電線には、絡まったまま雨風に晒され、骨組みだけになった和凧や、色あせたビニール凧の残骸がいくつもぶら下がっていた。

まるで、かつてこの空を目指し、帰ってこられなくなった「凧たちの墓場」のように――。

(この頃は、まだスマホもゲーム機も無かったから子供は外で遊んでたんだな)健一は心でそう思った。

そして「また親父にお願いして、買ってもらおうぜ」

健一が肩を叩くと、竜二は少し泣きそうな顔で、でも強がって鼻をすすった。

「おう……今度は、もっと太い糸準備してリベンジしたるわ!」

切れた糸の先にある青空を、俺たちはいつまでも見上げていた――。