📖 前回のあらすじ

大喜多先生の怒声に導かれ、俺たちは1976年の体育館へと踏み出した。フロアには脱ぎ捨てた「大人としての遺留品」が転がっていたが、先生の目には見えていない。俺たちは本当に、孤独な現代から切り離され二度目の12歳を迎えたのだ――。


【第六話】「教室にいた少年と、静かな微笑み」

体育館を出て、懐かしい鉄筋校舎の廊下を歩く。

窓から差し込む2月の柔らかな光、ワックスと砂埃が混ざったようなあの頃の匂い。すれ違うすべての景色が1976年のままで、胸が締め付けられるほどの郷愁が押し寄せてくる。

大喜多先生の大きな背中の後ろを、俺たちはまるで夢の中を歩くようにゾロゾロとついていった。

「まったく、卒業間近になって揃いも揃って大それたいたずらをしおって。太陽が教えてくれんかったら、今頃まだ校庭を探し回るところやったぞ」

前を歩く大喜多先生が、呆れたように、けれどどこか嬉しそうにぼやいた。

先生のその言葉に、俺は一瞬、おや、と思った。

(太陽のやつ……先に目を覚まして、黙って抜け駆けしたんか?)

やがて、見覚えのある「6年3組」の引き戸の前に到着する。大喜多先生がガラガラと勢いよくドアを開けた。

「よし、全員戻ったぞ!」

先生の声に導かれるようにして教室に入った俺たちは、その光景に思わず足を止めた。

誰もいないはずの、机と椅子が整然と並ぶガランとした教室のなかに、一人だけ、ぽつんと自分の席に座っている少年がいた。

「沢田......太陽君……」

誰かが小さく名前を呟いた。

彼は、俺たちが用具室の暗闇に閉じ込められていた間、ずっとこの教室で一人、みんなが戻ってくるのを待っていたのか?

それとも先に目を覚まして用具室を出て行き、大喜多先生に話したんか?

大喜多先生は教卓に教科書をドンと置くと、太陽君に向かって笑いかけた。

「おい、太陽。お前の言う通り、あいつら全員体育館の用具室に固まっとったわ。俺をおどろかそう思て、狭いところに39人で息潜めとったんや。教えてくれて助かったぞ」

太陽君は、先生の言葉に、ただ静かに、すべてを知っているような優しい微笑みを返した。

2026年でそれぞれに孤独や後悔を抱え、疲れ果てていた俺たちの記憶。

なぜ自分たちが12歳に戻ってここにいるのか――その答えを、太陽君だけは最初から握っているかのような、そんな不思議な空気感が彼にはあった。