母は東京の自由が丘凮月堂というお菓子屋さんに
勤めている時に修行中の父と知り合い
氷見に嫁いでまいりましたが、
茨城県の水戸市の出身です。
父親は通産省の官僚で
母親は山口県の出身で
長州藩の医師の家系と聞いています。
母のお祖父ちゃんは南画家だったそうです。
急なことでしたので、今に思えば、
もっと詳しく聞いておけばよかったと思います。
こちらの親戚とは違い、
母方の親戚とは、なかなかお会いすることが
できなかったので
子どもの頃は、ちょうど夏の暇なこの時期に
父が運転する自動車に乗って
東は祖父方の親戚、西は祖母方の親戚という感じで
母の縁のある所へ旅行に行っていました。
水戸の祖父は実直で凛とした感じの人でしたし、
祖母方の人たちは、田舎者の自分には
とても上品で華やかに感じました。
コロナ下のこのような状況のため
母方の親戚の皆さんや
それぞれもう就職し、神奈川・名古屋・京都と
都会で暮らしている3人の孫たちも会葬がかなわず
母には本当に可哀想なのですが、
ヒトを大切に生きてきた人なので
こちらのおおぜいの皆さまにお見送りいただき
とても幸せに感じていることと思います。
コロナの後にはきっと素晴らしいことが待っている
と信じています。
いつかまた、皆さまとゆっくり母のことについて
お話しなどできる日を迎えられますように
皆さまにおかれましては
くれぐれもお身体にお気をつけくださいますよう
お願い申し上げます。
未熟な私どもではございますが
これからも故人と同様のお付き合いを賜りますよう
お願い申し上げます。
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令和4年8月9日
母の葬儀での挨拶