美味しいものが好きな人でした。
お父さんのことが大好きで
お父さんの作ったお菓子が大好きでした。
お店に出るのが好きで
お客さまとお話しするのが大好きでした。
ヒトがとっても好きで
ヒトを大切にする人でした。
10年ぐらい前に心臓を患いましたが
午後からはお店に降りてきて
店番をしていました。
お客さまとのやり取りがとっても楽しそうで
母が座っていると
その姿を見てお客さまがやって来ました。
まるで看板娘のように.....
2カ月ぐらい前までお店に出ていましたが
急に起き上がれなくなったということで
救急車を呼んで市民病院に入院しました。
その時には、こういう時期なので
もう生きて顔を見ることは叶わないだろうと
覚悟していました。
病院でいろいろ検査していただくと
腰の圧迫骨折はあるが
内科的には、脱水症状が落ち着けば
持病のある心臓以外は問題ないということで
自宅復帰を目指し治療していただくことになりました。
弟と妹が、ケアマネージャ-の方に相談し
快適に自宅療養できるように
環境を整えてくれた甲斐もあり
40日ぐらいで退院することができました。
家に帰ってから、みるみる元気になっていく母との
それからの2週間は、私たち家族にとっては
とても幸せな時間でした。
歩行も食事ももうできないと思っていましたが、
自分で歩いてトイレへ行ったり
妹が作った料理を食卓で食べたり
父と並んでソファーに腰掛けて相撲を見たり....と
しかし、明け方トイレに行こうとして転倒し
救急車で今度は高岡市民病院に入院しました。
肋骨を3本骨折していましたが
自宅に戻ることを目標に頑張りました。
11日後の水曜日、急に容態か悪化し
家族が見守る中、帰らぬ人となりました。
亡くなってすぐ家に戻ってきましたが、
週末には、お断りできない注文がいくつかあり
母には本当に申し訳なかったのですが
週が明けてからの葬儀と決め
皆さまにご連絡させていただきました。
温かいお言葉や
早々に母のお弔いにお越しいただいたりで
とても心強く、感謝でいっぱいの日々でした。
急な別れに心の整理がつかない家族にとっては
家に帰ってきた母との最後の5日間は
とても幸せな時間でもありました。
この2カ月の間に
母は自分が大切に思うことを伝えるように
また、私たち家族に幸せな時間を残して
走り抜けるように逝ってしまいました。
母は亡くなってしまいましたが
私たちにはまだ86歳になる父がいます。
母が伝えていってくれた大切なことを守りながら
私たち家族は父のもと歩んでまいります。
亡き母同様、遺された私たち家族にも
変わらぬご厚情を賜りますよう
お願い申し上げます。
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令和4年8月8日
母のお通夜での挨拶
どんな話をしたのか思い出せなくなったので
記憶をなぞって記録。
いつか見返すこともあるだろうか?
会葬できなかった子どもたちが目にすることも
あるだろうか?