ぐるーみぃさんの自己満足日記 -26ページ目

ぐるーみぃさんの自己満足日記

自分の考えてるコトを…

自分の理屈で書いています(- -;)






自分の生き甲斐だった施設や、家などが取り壊されて、跡形も無くなった時…





物凄く物忘れが激しくなったり、更には認知症の引き金になったりすると、良く言われています





年老いた両親の為に、また二世帯住居にする為に…





親の生家や仕事場を立て替え、バリアフリーなどにした途端…





……などという話は良く聞きます(゚-゚)








その喪失感を、アタマの映像処理の観点で考えた場合、その環境が視覚情報として入ってこなくなっただけで…今までアタマの中で無意識に処理していた、思い入れのある建物等の部分の回路が全くその意味での役に立たなくなるコトを意味します(゚-゚)








つまり、特定の外部入力情報がなくなり、その部分を使わなくなるワケです☆

というコトはその先の回路までのアクセスも悪くなり、思い入れの強かった分の、それだけに通常より広い範囲の影響を持つ回路が感度が悪くなるワケです(゚-゚)





例え、その回路が複数の意味を持つ部分だとしても…それでは、かなりの情報量の減衰になるはずです(-.-;)





その前提条件として、目から入った画像の映像は、本人の意識にかかわらず…そのほとんどを認識できるスペシャルさにあります



確か…実際に物忘れをした時、ソレを思い付いた場所にもどると、思い出す確率が高くなるという実験結果が出ていた筈です





情報は記号として、関連付けて認識されて記憶されていくワケですが…
頭に入る情報としては画像として、本人が意識的には認識していないモノも、記号として記憶されるというある種の証明なのだと思います






人間の能力って凄いですよね(゚-゚)



コレは映像としての話で、コレが感情や他の要素でも起こるというコトではないでしょうか









いやいや…迂闊に環境などかえられませんよね









前回、個人がどのように自分を形成していくのかを考えてみました…



ソレを踏まえて…これから、自分てどこに在るんだろう(゚-゚)?…を考えてみようと思います





自分のしたいからしていたコトが、ソレを繰り返す内に、ソレをするから自分らしい…になるというコト

…は、ソコに自分らしさが二つ価値として存在しています



『今~したいという自分らしさ』と『自分で考える自分らしさ』です





でも、世の中で生きていくのには、前に述べた様に周りの人間の存在を許容しなければなりません



…ということは、人の目があるワケですね(゚-゚)

すると自分らしさにもう一つ『他人が考える自分らしさ』が加わります
コレは、周りの人の数だけあるでしょうが…ソコまで相手の考えを許容してしまうと、生きていられないので軽く「人の目」程度に考えてしまいましょう(゚-゚)

勿論ココを重要視する人もいますが…その関係の話はもう少し後になります(^-^)o





さて…自分らしさとがいう価値観が三つも世の中には存在するんです(- -;)


『今~したいという自分らしさ』

『自分で考える自分らしさ』

『他人が考える自分らしさ』





さぁ大変です(゚-゚)

迷ってしまいますよね☆
人間は自分を自分と認識しながら生きています

逆に一つも自分を感じられなくなった時、簡単に壊れるように出来ているんです

何処での実験かは忘れてしまいましたが、目と耳が効く状態で光も音も無い空間に閉じ込められて、自分を触わるという行動も制限されると…人間は自分が保てなくなり、自我が崩壊してしまうそうです



また、引きこもりなど、人目が関係ない環境にいる人間が…人相が変わってしまう
芸能人が人に見られる様になってより美しくなる、歳を周りよりとらなくなるというのも…同じコトが関係してるのでしょう

ソレほど自分という認識は、個人に影響を持つものなんです





あっ……゙(゚-゚)☆

プチ整形や整形の話ではないですよ?





話を元に戻しますが、三つの価値観の中で自分は生きています(゚-゚)


更に、頭で認識する…世の中という空間に存在する、それら三つの価値観と…

実体として、今ココに在る…いろいろな意味で限界ある自分と、自分に対する時間という制約と可能性の間で悩む様になるんです

まぁ…『悩む』は生きている、存在していると言い換えるコトが出来るでしょう(゚-゚)




解りやすく言うと…





今、過去の結果として自分という実体が存在する、そのものの器としての行動範囲とその限界

実体として存在する、これからの時間としての行動範囲とその限界


の中で、頭で考える自分に対する三つの価値観は存在しているというコトです





う~ん簡単じゃないな…



えぇ…と………(゚-゚)





実際の自分の実態と、ソレを取り巻く社会と…(生身の自分と、空間)

今まで、そしてコレからの自分の可能性…(時間)

の間に(自分)は存在しているというコトです





あ~~~~面倒臭い(-"-;)





つづく









一つ言えることは、どんな状況や情報にも、建前と本音があって…



困ってるフリをしていても、強かに次の一手の為の布石を用意しているのが意志のある存在です





人や組織が、生き残る為には必要な能力ですが…





消費者は、それを見抜く意味での賢さを、身につける段階にきているのかもしれません





僕には、計画停電、原発の情報の出し方などをみていると、





『ほら、やっぱり原発は必要でしょう?』







と、持って行きたいのだろうな…



としか思えないんです
元々、分母が違うんですから…





多分ね…








原発の可否または、是非だけでなく…



内需による景気の底上げをしたいなら、いっそのコト東西の電力の規格統一をすれば良いのに…








戦後にすら出来なかった偉業を、成し遂げるリーダーシップの存在の必要性が、今の政治には一番重要だと思うのですが…








もともと、優先順位的には、地デジより先だよな…
鉄道導入時の規格統一は、使用面での波及効果が少ないから…民間でも徐々に対応できたけど…









先見の明があるのか、ないのか…
長期という名のアバウトなスパンの…それに対する能力の差が、浮き彫りになってきています





アメリカンインディアンは、⑦代先の子供が生きて行けるように、日々の選択基準を決めていたといいます





いやいやいや…………











国費を使うなら、増改築ではなく、建て直しをして欲しいと…

それの足を引っ張るような衆愚を、改める必要があると思います








子供も減ってきたし、先ずは主要都市の国立大学…





………








トータルでみた場合の、たあいもない独り言ですがね(゚-゚)








でわ