前回、個人がどのように自分を形成していくのかを考えてみました…
ソレを踏まえて…これから、自分てどこに在るんだろう(゚-゚)?…を考えてみようと思います
自分のしたいからしていたコトが、ソレを繰り返す内に、ソレをするから自分らしい…になるというコト
…は、ソコに自分らしさが二つ価値として存在しています
『今~したいという自分らしさ』と『自分で考える自分らしさ』です
でも、世の中で生きていくのには、前に述べた様に周りの人間の存在を許容しなければなりません
…ということは、人の目があるワケですね(゚-゚)
すると自分らしさにもう一つ『他人が考える自分らしさ』が加わります
コレは、周りの人の数だけあるでしょうが…ソコまで相手の考えを許容してしまうと、生きていられないので軽く「人の目」程度に考えてしまいましょう(゚-゚)
勿論ココを重要視する人もいますが…その関係の話はもう少し後になります(^-^)o
さて…自分らしさとがいう価値観が三つも世の中には存在するんです(- -;)
『今~したいという自分らしさ』
『自分で考える自分らしさ』
『他人が考える自分らしさ』
さぁ大変です(゚-゚)
迷ってしまいますよね☆
人間は自分を自分と認識しながら生きています
逆に一つも自分を感じられなくなった時、簡単に壊れるように出来ているんです
何処での実験かは忘れてしまいましたが、目と耳が効く状態で光も音も無い空間に閉じ込められて、自分を触わるという行動も制限されると…人間は自分が保てなくなり、自我が崩壊してしまうそうです
また、引きこもりなど、人目が関係ない環境にいる人間が…人相が変わってしまう
芸能人が人に見られる様になってより美しくなる、歳を周りよりとらなくなるというのも…同じコトが関係してるのでしょう
ソレほど自分という認識は、個人に影響を持つものなんです
あっ……゙(゚-゚)☆
プチ整形や整形の話ではないですよ?
話を元に戻しますが、三つの価値観の中で自分は生きています(゚-゚)
更に、頭で認識する…世の中という空間に存在する、それら三つの価値観と…
実体として、今ココに在る…いろいろな意味で限界ある自分と、自分に対する時間という制約と可能性の間で悩む様になるんです
まぁ…『悩む』は生きている、存在していると言い換えるコトが出来るでしょう(゚-゚)
解りやすく言うと…
今、過去の結果として自分という実体が存在する、そのものの器としての行動範囲とその限界
実体として存在する、これからの時間としての行動範囲とその限界
の中で、頭で考える自分に対する三つの価値観は存在しているというコトです
う~ん簡単じゃないな…
えぇ…と………(゚-゚)
実際の自分の実態と、ソレを取り巻く社会と…(生身の自分と、空間)
今まで、そしてコレからの自分の可能性…(時間)
の間に(自分)は存在しているというコトです
あ~~~~面倒臭い(-"-;)
つづく