先日、小児の臓器移植についてのニュースを聞きました。
凄いコトだと素直に思います。
ただ、何が凄いのかというと…
う~ん…と考えてしまいます。
自分の臓器は自分のモノ…
それは感覚的に判ります。
ただ、我が子の臓器を公共物として提供するという判断を、親がして良いものか…
正直な感想をいえば、法律的な整合性が保たれていれば問題はない。
という考えになってしまうと思います。
例えば、中絶も胎児本人(人とどの段階で認めるのか?もしくは発生学的に受精した時点で人ではないのか?第何週目から人だと決めることを許さない権利はないのか?)にとっては事故でしかありえず、それは親となる権利のあった人間のエゴによって決められた行為でしかありません。
客観的に見て、死というもの、臓器というもの、が理解でき提供の意志を示しているならともかく…
交通事故死や移植が必要な人の数と中絶、尊厳死その他の関わりのある全ての数とその現状と命にかかわる価値についての整合性を国家がつけるまで、それを見届けるまでは私は良し悪しを言えません。
しかし、その場に居合わせて小児の親御さんと同じ決断ができるかといえば、間違いなく今の私にはできないので、
その行動は凄いと感じます。
ニュースには出てもこない、さまざまなコトが全て等しく価値があるとは言いません。
ただ、流行りのような一過性の評価は…
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