さてさて、かなり複雑化したにも拘わらず、ちゃんと前回の問題提起の答え的なモノまで書いていないので…
簡単にまとめて、説明もしますね(゚-゚)?
今まで…
・幸せについての僕の考える必要な条件(Ⅰ.~Ⅳ.)と、
・個人の自分らしさと、
・個人の置かれている状況と情況を
僕の言葉で説明しました
勿論、足りないコトや削ぎ落とす判断をした内容が存在する以上…全てを説明できていないし、的外れの可能性も否めませんが、その中で結論に向けて…
それぞれの要素を組み合せるコトで、進んでいるトコロです
さて、前回の問題提起は…
今居る状態を、始まりだとも、過程だとも、結果だとも、また意味の無いモノだとも認識できると…
何故…生きている(存在している)あらゆる場面を、以前経験した同じ様な場面と認識することもできるし、全く新しい局面だと認識するコトもできる、というコトになるんでしょうか(゚-゚)?
でしたよね
…ココでは
人それぞれの持つ価値観(行動を行う上で動機となる)が、個人の中でも多数あり、
自分らしさとしての優先順位等の付加価値を、付与して現実に当て嵌めて使用している…
個人の『ものさし』というものがあります
という話をしたかったワケです
先程言った通り…複数の『ものさし』自体に付加価値がプラスされるんですが…
その付加価値も、その時その時の状況の判断と、情況で全く変わってしまいますよね(゚-゚)?
その判断の仕方も自分らしさだし…
という複雑な構造をしていくワケです…
勿論、判断する材料に、
人の目が必要ならばそんな『ものさし』に…
所属している組織のルールや意向が重要ならそんな『ものさし』に…
それが、したいと感じてなのか、しょうがないと感じてなのか、も拘わらずに…
状況、情況の条件としての付加価値として、その判断の優先順位に組み込まれます(゚-゚)
更に言うなら…考えれば考えるだけこの場合の要素は増えていき…
下手をしたら、がんじがらめになる可能性も内包していますが…
それは明らかに能力オーバーということでしょうから…考えないという判断も当然必要なワケです
ものさしは使うモノで使われるモノではないというコト、ですよね(゚-゚)
この、自分の決断した考えないという自由こそが、本来の自分個人の能力で獲得する精神的な自由なのではとも思うのです…
まぁ…社会的、肉体的な人権云々は、社会としての気付きを経験しなければ獲得できないし、現在の人権の在り方さえ、まだまだ過程なのかもしれないので、考えるつもりが今のトコロありません
精神的に自由になる為には…まず、自分の状況と情況を理解して、逆転の発想をするだけなんです(^-^)o
ただ…最近のいわゆる『自由な人』については思うトコロはあります
自分の価値観の行動を、自分の判断で責任を持って行使するコトが自由なワケで…
それについて文句を言われたら、その意見は自分なりに消化して、今後のシステムに組み込まなくてはなりません(゚-゚)
何故なら、その社会に本人が所属してるコトだけは変えられないから…
何も考えずに、したいコトだけやり続けるコトは、横暴以外の何モノでもなく…
それが自分以外の力で奪われても、その横暴さを認めさせるだけのシステムを作る能力がなかっただけ…というコトで、
自由が無くなったワケではありません
少なくとも、そのシステムを構築する自由はあったはずですからね(゚-゚)
…………゙(゚-゚)?
間違いなく脱線しましたね(゚-゚)~☆
いつもなら、「つづく」にしちゃいますが…
まとめすら終わってないので、ソコまでは意地でも進めます(゚-゚)
まぁ…実はすぐ終わりますけど(^-^)
それは、この『ものさし』の存在と、構造と、その特徴の説明が…この「幸せとは」という記事の1番大きなキモだったからです(゚-゚)☆
ではサクサク終わらせましょう(゚-゚)♪
今居る状態を、始まりだとも、過程だとも、結果だとも、また意味の無いモノだとも認識できると…
何故…生きている(存在している)あらゆる場面を、以前経験した同じ様な場面と認識することもできるし、全く新しい局面だと認識するコトもできる、というコトになるんでしょうか?
の答えは…
事件から…それを判断する為に抽出する要素は、その人本人のその時の状況や情況によって少しずつ違うというコト、
また、その条件で使おうとする『ものさし』も、その時の状況や情況で変わってくるコト、
更には…『ものさし』や自分の介入の意味さえ見出だせないコトも、その時の状況や情況ではありえるというコトです
更に進めて、ではこの事件を解決しようという判断になった時に…
過去の事例から解決しようと考えれば、いくつかのその抽出した条件に近いケースになぞらえるだろうし…
また、自分の経験に無いモノとして、新しい対処方法を生み出そうとするか、解決するかを諦めるか等を考え…
更に、自分でするか、他人に頼むか、他人と協力してやるか…
を判断して、するか諦めるか考えたりするワケで…
まとめると、
その事件を、その人が見出だした価値ある現象として、
その事例が…始まりか、過程か、結果か判断の仕方が変わるだろうし…
その判断の経過で、それがその時に使う自分の『ものさし』によって、
過去と同じ事例か、新しい事例かの判断が変わってくる…
そして、その二つの判断はその人のその時の状況と情況に影響されるというコトです
問題提起の較べていた二つの話は、状況判断と解決方法としてリンクするんです(゚-゚)☆
同じコトを違った言葉で、『ものさし』を多面的に見る為に並べて較べてみました
上手く説明できたかは…いまいち謎ですが(- -;)
つづく