少年のころから映画はよく観ていますが、恥ずかしながら「名作」と言われているのになぜか観ていない映画がけっこうあります。今回取り上げる『ディア・ハンター THE DEER HUNTER 』もその一つです。ベトナム戦争がアメリカの若者に何を残したのか、この映画を通してあらためて考えてみたいと思います。
<あらすじ> ※ネタバレ注意
アメリカペンシルベニア州郊外のクレアトンの製鉄所で働くマイケル(ロバート・デ・ニーロ Robert De Niro 1943-)、ニック(クリストファー・ウォーケンChristopher Walken 1943-)、スティーブン(ジョン・サヴェージ John Savage 1949-)の3人は仲が良く、休日にはほかの仲間も誘って近くの山に鹿狩り(ディア・ハント)に出かけていた。
3人はベトナム戦争に参加し、そこで敵の捕虜になってしまった。マイケルとニックは一丁の拳銃に数発の弾を入れ、二人一組になって交互に自分の頭に銃口を向けて引き金を引きあう「ロシアン・ルーレット」をやらされたが、隙を見て敵を射殺し、スティーブンを連れて脱出した。
倒木につかまって川を下っていたところ、3人はアメリカ軍のヘリコプターに発見される。ニックは救助され、マイケルとスティ―ブンもいったんは救助されそうになるが川に転落してしまう。
下半身を岩場に強打したスティ―ブンを背負ってマイケルが歩いていたところ味方のジープが通りかかり、マイケルはスティーブンを彼らに預け、ベトナムの民衆とともにどこかに去って行った。
サイゴンの病院に収容されていたニックが退院して夜の街を歩いてると見知らぬ男に賭博場に連れていかれた。そこで見たのはあのロシアン・ルーレット。ニックはとりつかれたようにゲームに参加し、店を出た後、闇の中に消えていった。賭博場にいたマイケルはニックに気づいたが、見失ってしまった。
2年後にマイケルは帰国するが、彼を歓迎するためのパーティーの会場には姿を見せず、翌朝、ニックの恋人で彼もひそかに思いを寄せていたリンダ(メリル・ストリープ Meryl Streep 1949-)に会いに行った。マイケルはリンダとデートを重ね昔の仲間と鹿狩りにも出かけたが、以前とは違って鹿を撃つことができなくなっていた。
ベトナムで別れたスティーブンが帰国して病院にいることを知ったマイケルは彼に会いに行くが、マイケルは両足と左腕を失っていた。家庭に戻るように強く諭すマイケルに対して、スティーブンはサイゴンから差出人不明の多額の金が送られてくること伝えた。送り主がニックと確信したマイケルは、彼を探しに再びベトナムへ向かった。
アメリカの敗北が決定的になり、サイゴンの街はベトナムから脱出しようとする人たちで混乱を極めていた。マイケルは賭博場の関係者を見つけ、ロシアン・ルーレットをやっている店に案内させた。薬物によって精神がおかしくなったニックがその店にいた。彼を連れ帰るために直接話す機会を作ろうと、マイケルは捕虜になった時に二人がやらされたロシアン・ルーレットをやることになった。ニックが二回目の引き金を引くと、銃弾が彼の頭を貫いた。
1978年のアメリカ映画
マイケル・チミノ監督(Michael Cimino 1939-2016)
アカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞、音響賞、編集賞を受賞
<ベトナム戦争を扱った映画>
この映画でも描かれていますが、ベトナム戦争は1975年に南ベトナムの首都だったサイゴンが北ベトナムによって陥落し、アメリカの敗北という形で終わります。
ベトナム戦争を扱った映画はたくさんあります。このうち戦争そのものというよりベトナムに赴く若者や帰って来た若者にスポットをあてて描いた映画としては『ディア・ハンター』のほかに『タクシードライバー TAXI DRIVER』(1976)(2021.1/10+2022.7/10投稿)や『7月4日に生まれて BORN ON THE FOURTH OF JULY』(1989)などが有名です。
『タクシー・ドライバー』でベトナム帰還兵の狂気を演じたロバート・デ・ニーロは、『ディア・ハンター』でも戦争によって友を失うマイケルを演じ、名優としての地位を確立しました。
<『ディア・ハンター』が伝えたかったこと>
「ベトナム戦争がアメリカ社会や若者に残した傷跡」これがこの映画のテーマだと思います。
マイケルたち3人はいずれもロシア系のアメリカ人で、同じ製鉄所で働き友情を育んできました。それが自由主義社会を守る、あるいは共産主義の拡大を防ぐという抽象的な目的のために徴兵されて遠く離れたベトナムに行き、戦場で狂気を味わい肉体も傷つきます。
スティーブンは両足と左腕を失って帰国し、家庭や社会への復帰を拒みます。戦争の狂気にからめとられたニックはベトナムにとどまり、ロシアン・ルーレットによって命を落とします。唯一無事に帰国したマイケルも以前の快活さを失い、ベトナムでの記憶がよみがえるのか鹿を撃つこともできなくなります。
この映画は3時間を超える大作ですが、前半の1時間はスティーブンの結婚式や鹿狩りなどマイケルたち3人がクレアトンで送った出征前の数日間を描いています。そこでの彼らと戦場での彼ら、そして戦場を離れてからの彼ら。時間の経過とともに変わっていく3人の姿が、まさにこの映画が伝えたかったことそのものだと思いました。
<メリル・ストリープの美しさ>
この映画でニックの恋人のリンダを演じたのがメリル・ストリープです。ご存じの方も多いと思いますが、彼女はアカデミー主演女優賞を2回、助演女優賞を1回受賞した名女優で、私も彼女が出演した数多くの作品を観ています。中でも『ソフィーの選択 SOPHIE`S CHOICE』(1982)(2021.5/1投稿)と『マディソン郡の橋 THE BRIDES OF MADISON COUNTY』(1995)(2021.6/6)の演技が心に残っています。でも「お気に入りの女優か?」と聞かれれば、私にはあまりにも偉大過ぎて、言ってみれば学校の先生、それも校長先生のように感じて来ました。
それが『ディアハンター』で久しぶりに若いころのをメリル・ストリープを観て、その美しさに心がときめいてしまいました。彼女が演じたリンダはマイケルたちと同じロシア系で、スーパーマーケットで働きながらニックがベトナムから帰るのを待ちますが、一方で自分に思いを寄せるマイケルの優しさにも惹かれていきます。リンダの切なさ、はかなさが心に沁みます。
映画を観てあらためて気がついたのは、メリル・ストリープの透きとおるような白い肌です。それもあってでしょうか、若いころは東欧系の女性の役を演じることが多く、『ディア・ハンター』に続き『ソフィーの選択』では第二次世界大戦が終わってアメリカに逃れて来たポーランド人の女性を演じました。運命に翻弄され悲劇的な死を遂げるソフィーを演じた彼女は、この役で初めてのアカデミー主演女優賞を受賞しました。
<映画の舞台>
この映画のアメリカの舞台は、ペンシルベニア州郊外のクレアトンという実在の街です(実際のロケ地は別)。ペンシルベニア州は2016年のアメリカ大統領選挙で注目されたラストベルト(rsut belt=錆びついた一帯)にあって、トランプ前大統領はこの地域で得票を重ねたことで大統領選挙に勝利することができました。
映画はサイゴンが陥落した1975年までの数年間を描いていて、そのころは戦後のアメリカ経済を支えて来た鉄や自動車などの産業はまだ健在でした。それが年を経るごとに衰退し、そうした産業が集中していたラストベルトは輝きを失い、いつしか時代から取り残されていきました。
『ディア・ハンター』では、クラシック・ギターの名曲「カヴァティーナ」が繰り返し流れます。映画とは直接関係はありませんが、哀愁を帯びた「カヴァティーナ」のメロディーを聞きながらクレアトンの街とそこで生きるマイケルたちを見ているうちに、私はこの地域で実際に暮らす人々がその後たどることになる運命を思い、やりきれない気持ちになってきました。
最後に、私の好きなギタリストの村治佳織さんが演奏する「カヴァティーナ」をお聞きいただいて、ブログを終えたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。