備忘録 番外編 No.7
出版社に身を置き数年経った頃から、同じ業界に身を置く高校の後輩の多い事に驚きました。大手の新聞社の記者経験者や同じ教育関連の出版社のオーナーになっていた後輩や、ジャンルは違いますが専門書の出版社に身を置く後輩も多く、利害関係は別としての付き合いも始まりました。しかし、小生の過去を知った後輩達からは異口同音に、教育と言う言葉には全くそぐわない人が何故?と言う発言が多く出ました(笑)
小生は特に高校時代は、恩師からは問題児と扱われていたみたいでした。(本人は全く認識していませんでした)3年生の時、成績も底辺に常駐していて、学校始まって以来の初代の無期停学処分を受け、卒業さえも危ぶまれていました。3年時の担任からは退学処分が相当すると言われていましたが、生徒指導担当の先生達は、一期生という事も有り温情を与えてはとの意見が多く出た様で、その温情により卒業できた経緯が有ります。3年時にはまとめて12人と言う多くの無期停学処分を受けた仲間がいた事も運の良さの1つ?小生を卒業させてくださった、校長先生、教頭先生、生徒指導担当の先生方には未だに感謝しております。小生が出版社に身を置き、生徒指導に強く興味を持った要因のひとつがここに有るのではと思います。3年間の寮生活では色々あり、勿論イジメも有りました。イジメの被害にあった仲間には、未だに高校時代の仲間と会いたく無いと言う仲間も多くいるみたいです。高校時代の果敢な年頃の3年間の経験は、良い悪いは別として、小生の人生感に大きく関与していることは事実です。
今年4月に、2年時に同室で付かず離れずの長い交友関係を続けていた親友と言うか兄弟に近い友人の訃報を聞き、暫く呆然としていました。今年始めに、彼の2番目の奥さんの墓参りに、伊豆大島へ一緒に行こうと誘われていたばかりなのに😭
小生の寮生活で同室であった仲間は、どういうわけか独り住まいが多く、連絡が取れなくなると何かしら起きている事が多く心配です。現在、1年時の同室の仲間が音信不通になっており、独り住まいで大病を抱えている事も有り、武漢禍が少し治ったら捜索に行くつもりです。