備忘録No.36
保土ヶ谷でのショップは2年で締め、鶴見のショップと事務所のみに縮小してしまいました。その頃には公的な借入を全額返済が終了した事と、体調を崩し気味であったことも原因です。あまりにも暇にしていることが知り合いに知れ、緊急での手伝いを頼まれ、全く知識の無いマンションの新築工事現場の監督??(ただ座って人員の監視をするだけ)を1ヶ月させられたこともありました。小生は高所恐怖症なのに高所の足場に出ての確認もしたこともあり2度とやりたくありません。(素人の監督がいたマンションって大丈夫?)
鶴見の事務所も家賃を払うのが勿体なくなり、鶴見からも撤退を決め、全てのことから手を引きました。ダラダラしながらの生活を3ヶ月ほどしていた頃、アパレル時代の先輩から連絡が有り、久しぶりに会って飲みに行きました。飲んでいる際の話題はお互いのアパレル業界を卒業してからの話で盛り上がり、何もしていないのなら先輩の会社でアルバイトとして手伝えといわれました。先輩の父親が出版社を創業し経営していることは知っており、親父さんの後は絶対継がないと明言していたので、先輩が、出版業界に身を置いたと聞いた時は驚きでした。当初は他の出版社におり、後を継ぐ為に再び転職した事に驚きました。先輩は大学時代から実家を出て、(父親とは犬猿の仲?)自立をしていましたし、まさか畑違いの業界に行くとは??
その後一応役員面接は受けましたが、社長室付けのアルバイトとして入りました。役員からは何処の馬の骨だか分からない輩を連れてきたと言われたみたいで、後から笑い話になりました。
教育関連の出版社で小生は教職も勿論取っていなかったのと、出版業界にも全く知識がなかったのですが、先輩から業界は違うけど、営業は同じだよと言われ、軽い気持ちで仕事を覚え始めました。当時、営業の責任者の方が奥さんを医療ミスで亡くされ、一人娘の面倒を見なければならず、精神的にもまいっていた状況で、その方をサポートする役目でした。しかし、その方が小生が入って2ヶ月で辞められる事となってしまい、流石に先輩も困り、直ぐ覚えろと言い出し、覚える為に、先輩が出席していた業界の会に会社を代表して出席しろと命令されてしまいました。出版業界の会員の方々も異業種から来た訳の分からない人間がと言っていたそうです。確かに出版業界は小生から見れば異質で、流通から何からふた昔前の形態だと驚きの目で見ていました。(特に専門書の出版社は胡座をかいている?)こんな事を書くと業界の方々に怒られるかも?(笑)
しかし、教育現場の現状がわかってくると、自分に合った仕事ではと思うようになっていきました。入社4年目にいきなり先輩から、来季からお前は役員をやれと言われ、まさかのアルバイトから役員?(社員から役員になると一旦社員時代の退職金が支払われるけど社員では無かったので不要?)その後、業界の代表をリタイアするまで勤めるとは、夢にも思いませんでした。
出版業界は入ってからの苦労話や出来事は番外編で書きます。