生徒ではなく、先生。
週イチ非常勤の私立高校。
3年生は、1月末で授業が終わる。
1年生の授業自体は、3月まで。
しかーし。
私の担当する木曜午後。
3週間連続、学校行事。
2月半ばで、今年度最終。
・・・ということで、今日が最後の授業です。
「えー。」
あら、嬉しい。
けど、寂しいわ。
「先生の授業、楽しみにしてたのに。」
おお、Eくん。
ありがとう。
けど、君。
授業中、ほとんど寝てるやん。
「寝やすいんですよ、先生の授業。」
それ、本人を目の前にして言う?
「雰囲気がイイってことで。」
なるほど。
そうしとこ。
「2年生になっても、先生の授業あるんですか?」
さあ、どうだろうね。
まだ決まってないから。
けど、例年どおりだとすると。
「すると?」
1年生と3年生だね。
担当するのは。
「えー。」
来年の春。
楽しみにしてるよ。
休憩時間も、名残惜しく。
生徒に囲まれるひと時。
・・・ああ、幸せやなあ~。
けど、なぜだろう?
授業内容は、以前と同じ。
特に、生徒ウケを狙ってるわけでもない。
けど、年々。
生徒の反応がイイかんじに。
自己肯定感があがった?
たしかに。
以前より、ダメ出ししなくなったな。
自分に。
けど・・・。
ピピッときたのが、こちら。
「空のささやき」
大島英明 Kindle電子書籍
> 慢心も卑屈も
> 『それをやっているのは自分だ』
> という錯覚から生まれます。
しっくりくるのは、こちら。
「自分を好きになる」よりね。
「薄く」なったの、「自分」が。
「自分」とは、何者か?
「自分」には、どんな強みが?
どう活かすべきか?
考えるほど、濃くなる。
「自分」が。
濃くなるほどに。
人生は、「自分」が切り拓くことに。
でも、思いどおり、行かないでしょ。
自分責めをしたり。
相手や環境に愚痴ったり。
たまに、うまくいけば、はしゃいで。
一喜一憂を繰り返す。
「自分」とは、ドラマの主人公。
けど、「自分」が薄くなるほど。
「なるようになる」に。
「自分」をどうこう規定しなくても。
その時、自ずとあらわれる。
そもそも、「自分」が薄いとね。
「好きになろう」とか、しなくなる。
「自分探し」からの「自分なくし」。
少しずつ進んでるかも。
おもしろいことにね。
「自分」が薄くなるほど。
ナチュラルでご機嫌になりやすい。
ポジティブ思考も必要なし。
ネガティブ思考も濃くなってね。
振れ幅が大きくなるだけだから。
以前なら、カチンと来たことが。
まあ、それもありかなと。
ゆるせるようになることが。
そう言えば、意識しなくなったかも。
「先生」ということを。
「素」なんだろうね、その時。
こちらが「素」だと。
生徒も「素」でいられるもんね。
相対するエネルギーが生じない。
だから、「寝やすい」し。
「雰囲気がいい」のかも。
まあ、「教師」としては、ビミョーだけど。
自分が何者かを意識するほど。
相手にも何者かであることを求めてしまう。
重いよね。
昭和の子は、何者かになりたがるけど。
令和の子は、知ったこっちゃないよ。
「自分」に縛られない軽やかさ。
いつも教えられます。
そうそう、「自分」が薄くなったと言えば。
続きは、明日です。
今日は、ここまで。
また、明日。
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