自分との和解。
『ボーッと観る会』、昼の部。
引き続き、思い込みに気づくワーク。
Aさんは?
「『どうせ』に続くのが。」
続くのが?
「『私が悪いでしょ』です。」
ほー。
「例えば、子育て。」
はいはい。
「うちの旦那は、いつも褒めるんです。」
へー。
「叱るのは、いつも私。」
あら。
「言いたくて言ってるわけじゃないのに。」
「なんか私だけ悪役っぽくて。」
ふむふむ。
「旦那に『ズルいじゃない』って気持ちも。」
そうなりますよね。
「あなたが叱らないから、私が叱らざるを得ないじゃない。」
「私だって、褒めてあげたいわよと。」
ですよね。
「けど、最近。」
「いつの間にかなくなったんですよね、『どうせ』が。」
ほー。
「被害者意識で、拗(す)ねなくなりました。」
何かきっかけが?
「さあ~、それが。」
「何なんでしょうね?」
ピピッときたのが、こちら。
「潜在意識3.0」
藤堂ヒロミ サンマーク出版
> 被害者意識が強い人たちは、
> 自分は弱いと思いこんでいて、
> 戦いとは無縁だと思っています。
> でも、戦い方が違うだけで、
> エネルギーの使い方は同じなのです。
> 弱いふりをして「敵」を作り出し、
> 防御という形で戦っているのです。
戦うのをやめられたのかも。
「戦ってたんですか、私?」
叱りたくないけど。
誰かが叱らざるを得ない。
率先して憎まれ役を買って出る私は、正しい。
褒めるのは、耳ざわりがいいけど。
それでは、この子の将来は?
自分だけ「良き親」の役割をひとり占めして。
「正しい」が登場した時点で。
「正しくない」敵が生まれます。
旦那さんを敵視しながらも。
Aさんも「褒めてあげたい」という矛盾。
愛おしさにも、陰陽あり。
褒めて伸ばすのも。
叱って諭すのも。
どちらも親なのだ。
「そう言えば、子どもが成長したのもありますけど。」
ありますけど?
「『親』という役割。」
「わざわざ自分から背負わなくなったかも。」
なるほど。
「親」であるという事実は変わらない。
けど、「親はこうあるべき」を背負うと、
「べきでない」ものとの戦いが。
「何度も叱って来ましたけど。」
来ましたけど?
「見事なぐらいにスルーされて。」
はは。
「なのに、親の私から観ても。」
「一目置きたくなる青年に。」
それは嬉しい。
小言はスルーしても。
その裏にあるAさんの想い。
ちゃんと伝わってますよ。
「逆に、教えられたかもしれません。」
陰陽、相対相補。
親子の関係も。
昭和の垂直な上下関係から。
令和のフラットな循環型。
わが子だろうが。
素のAさんとして。
「たしかに。」
「わが子といても。」
「私自身が以前より楽に。」
ステキな親子。
「どうせ私は」
被害者意識で拗ねたくなる時、
あなたの中で戦いが。
「良き母」
「良き妻」
「良き大人」
何かを演じていませんか?
争いはありません。
素のあなたには。
今日は、ここまで。
また、明日。
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