尾瀬見晴 原の小屋編

8月15日(水)
憧れの山小屋泊であった。
我々の山小屋初体験は酷いものだった。
ていうか、一番人が出る時に一番人気の富士山になんて行っちゃうから、
一泊一日的に弾丸ツアー並のスケジュールかつ芋の子洗い状態の山小屋すし詰め仮眠環境の体験になってしまったのだった。あれを経験してしまったら、もうどこでも行けるぞ!orもう二度と行かない二者択一になるしかないのだろうけれど、
山小屋…という響きにまだ若干のロマンを感じており、「尾瀬の山小屋は個室対応&風呂もある」という一年越しのラグジュアリー山小屋体験にようやく辿り着くことができた。

遙かに見える見晴地区山小屋群
お盆過ぎのこの時期は尾瀬って空いているんだなと実感する。
とにかく山の鼻や牛首分岐、そして竜宮小屋方面に向かう尾瀬ヶ原直進木道あたりには
まだ歩く人影はあったけれど、牛首を左折してヨッピ方面へ向かってからはほとんど人に会わず、
広い尾瀬ヶ原と素敵な山容をほぼ一日見せ続けてくれた至仏山と燧ケ岳、
そして時折吊り橋の上から眺める涼しげな清流を独り占めだった。

午後2時、燧ケ岳のふもと見晴地区の山小屋集落に到着。
さすがに4時間、ほとんど歩きっぱなしだったので疲れ気味の身体に、
堂々たる規模の大きさの山小屋群は何とも頼もしく感じられるのだった。
その姿の数々に圧倒され、今夜の生ビールは任せたぞ感を抱きつつ、
一年越しの予約を入れていた『原の小屋』へチェックインする。

収容最大人員170名を誇る施設だけに建物は渡り廊下を挟んで二棟並んではいるが、
手前の一棟の玄関付近は無料休憩所になっていて、でも誰も休憩している人はいない。
その手前の山小屋には軽食が取れたり、一休みできる喫茶コーナー的なスペースもあり、
湧水で飲めるコーヒーなんぞが売られていたりして、すでに生ビールを楽しんでいる客もいた。
時期が時期であれば大変なにぎわいを見せる場所なのだろう。

フロントで宿泊カードに記入し、部屋へ上がる。

階段わきの6畳間程度の広さを持つ一部屋が我々の「個室」だった。
布団が用意されている以外には何もないが、ヘッドライトは必要ないし、雑魚寝でもない。
ついでにトイレはウォシュレットだし、風呂も準備されている。
精神的にも身体的にも休息を取るに十分な環境が用意されている。
ありがたいことである。
さっそく汗まみれの服を着替え、軽装になって付近を散策してみることにした。

この見晴へのルートはいくつかあって
桧枝岐方面から燧ケ岳を通過するルート
燧ケ岳を迂回し三条の滝方面からのルート
同じく桧枝岐から沼山峠を経て尾瀬沼からのルート
そして山の鼻から見晴へ向かうルートが何本か。
要するにこの見晴地区は尾瀬ヶ原の要衝ということだ。
尾瀬に入る誰もがほとんどは通過していく場所なのだろう。
歩き続けてほっと一息つくのもよし、また泊まるもよし。
ここの山小屋はハイカーや登山家にとってのオアシスみたいなところなのだ。

弥四郎小屋の前には湧水があふれていて登山者ののどを潤してくれ、
デッキフロアにはその水で淹れたコーヒーが飲めるテラスがある。
また、山小屋宿泊者だけではなく奥にはキャンプサイトがあり、
すでにいくつかのテントが立っていた。
老婆心ながらこの後雷鳴がなり始め、夜中けっこうな雨が降り続いていたが、
キャンプ泊・・・大丈夫だったのだろうか。ま、余計なお世話だけどね。
16時 女性の入浴時間が始まった。16時45分までの45分間である。
従業員の方から一声かかり、16時45分から男性の入浴時間になった。
脱衣所も風呂場も清潔でよく手入れが行き届いている。
カランからのお湯も出るし、山小屋なんだから風呂に入れるだけで御の字である。
広さは大人が4~5人入れるくらいの大きさがあり、
特に混んでいる時期でもなければ交代に入れば十分にその日の汗を流すことができる。
なにせ石鹸・シャンプーは使用禁止なのでとにかく体をお湯で流すしかないシンプルな行水であり、
またここではこれが十分なごちそうだった。
お風呂上がりの一本の缶ビールが美味い。
遠くで雷鳴がゴロゴロと鳴りはじめ、ポツポツ雨も落ち始めた。
管理人さんに聞くと昨日も午後からは天気が崩れたそうで、
今日みたいに一日晴れていたのは久しぶりだったらしい。大ラッキーである。
17時 夕食タイム。本日のメニューが食堂前の黒板にイラストで描いてあり、
それがなんともほのぼのと楽しい。


生ビールをフロントで購入し食堂へ運んで山小屋での晩餐が始まった。
ハンバーグとポテサラ、イワナの甘露煮に味噌汁とごはん。ごはんはお代わりあり!
食材を運ぶだけでも大変な場所でこういう風に人の手が入っている食事は、ありがたく美味い。
今日のお客は、我々夫婦と同じような夫婦もんが一組、四人の家族連れが一組、父ちゃん&兄弟二人連れが一組の計四組、11名である。
あ、その他に素泊まり客が一組いて、外で煮炊きしようとしていたら雨が降ってきたので、
ロビーの談話コーナーで飯を作っていた・・・そんな旅人に対しても山小屋は優しい。
17時40分 食事が終了すると、もう何もすることがない。
フロントで缶ハイボールを購入し、談話室とやらをのぞきに行くと山関係の書物がけっこうあったので、
何冊か借りていく。
・・・が、昼間の疲れやらアルコールの気持ちのいい酔いに本なんて読めるはずもなく、
なんと午後7時には就寝という全く山小屋らしい生活を経験することになった。
で、眠れないかというとこれが眠れてしまうのだから、
一日の山行に意外と身体は疲れていたのかもしれない
・・・ま、5時半に家を出て車運転してもあったからなぁ。

8月16日(木)
窓外がうっすらと明るくなってきたのに気がつき起床。
時計を見ると午前4時30分。それでも9時間半は寝ている計算になる・・・すごい、人間は寝られる。
外を見ると雨である。
が、しばらく様子を見ていると少しずつ雨が弱まってきていたので散歩に出てみると、
確かに曇りがちの上空ではあるがところどころ青い空も見え隠れしている。
我々が歩いていた30分ほどは心地よい風が湿原を渡っていき、
雲が動き、これからの天気に期待が持てそうだった。

午前6時 朝食。贅沢は言わない。
温かいご飯とみそ汁をいただくのに十分なおかずがありがたい。


至仏山登山の準備をして午後6時半には原の小屋を出た。

最初の印象はその後のイメージを固定するのだろうから、
逆に言えば我々の初山小屋は富士山でよかったのだ。
「あれが山小屋!?」から始まった我々の山小屋の印象は悪くなるわけがない。
ましてや、人があまりおらず個室対応で、お風呂にまで入れて、
ついでに生ビールまで飲める尾瀬見晴の山小屋は十分にゴージャズだった。
サービスなんてつかず離れずで特別にあるわけではないけれど、
「原の小屋」はとても素敵な場所だった。
温泉旅館的もてなしを我々は山に求めているわけではないのだ。
ていうか、逆にこんな山小屋を経験してしまうと、これからの山小屋がこわい!