一か月と決められた以上

入国しなければ すべてオジャン💦

速攻でチケットを用意しました。

 

正直いうとLAにはまったくと言っていいほど

今日がなかった。

自分が青空の下でまったりしている図は

想像できないし まったりしたくもない。

 

違う環境で思い切り仕事したい!

 

その思いが一番強かったのです。

だから、NYのような都会の中で

バリバリ仕事したかったんです。

 

お金とか成功とかは後からついてくる

 

そう信じてたし、

お金や成功よりも

 

仕事して競争社会の中で生き抜いていきたかった。

 

それが本音です。

 

だってずっと競争社会の中にいたから

毎日 毎日

今日は 今月は

売上いくら達成?

指名は何本?

 

今思うと すごい世界だった。

 

最近は

 

好きな時に好きな場所で好きな仕事を

 

がキャッチフレーズだし とても素敵だけど

 

その陰には

血の出るような努力や苦しみ

あると思います。

 

成功している彼らは

そんなことはおくびにもださないけれど

間違いなく それはあるはず。

 

ただ 本当に自分の魂が求めている

「やりたい事」が見つかった時

 

おそらく 努力や苦しみを超えて

未来に向かってがんばったり

それが報われた時の喜びを想像したりして

日々が辛くないのではないか

 

私はそう思っています。

もう次元が違うんだよね。

 

私は 人生をやり直すために移住を決めたから

ただ がんばって報われる世界で仕事をしたいだけ

 

その気合に青空は必要なかった(笑)

夕暮れのエンパイヤステートビルの画像

なんとか無事に大使館でのインタビューも終え

あとはまな板の上の鯉状態でしたが

ほどなく書類が届き

無事にすべての審査を通過することができました。

 

書類には

 

一か月以内(日付は記入されていた)に米国へ入国すること

空港で最終インタビューがあること

 

が 書かれていました。

 

へっ? 一か月?

 

そうか

移民したい人はもう

今日か明日かと 首を長くして待ってるんだね。

 

私はというと

なんか まだ覚悟ができないというか

やることが終わってないというか

 

親にもまだ言ってないし(ひとりムスメなのに)

 

でも、一か月しかない…

 

とりあえず 入国しないとな…

 

片道チケットで入って

現地でまた片道チケット買って

戻ってくるべ♡

アメリカへ飛び立つ飛行機

そのうちにアメリカ大使館での

インタビューの連絡がきました。

 

あせるよね、あせる、アセル。

 

大使館の中に入るのも初めてだし。

 

とにかく広かった。

ビル丸ごとって感じで静か、清潔。

 

インタビュー場所は

銀行の窓口みたいにカウンターがあって

仕切りガラスがあって

中にアメリカ人の大使館職員がいて。

 

インタビューは全部英語。

どうしてアメリカに行きたいのか、とか

アメリカではどうやって仕事するのか、とか

このスポンサーな何をやってる会社か、とか

そこで何の仕事をするのか?とか。

 

で、最後の質問で息詰まった!

 

Do you have any relatives in US?

 

はっ?

何、relatives?

意味、わからん!

ヤバイ! 面接、落ちる!

真っ青💦

 

やれやれ…といった顔で

 

アメリカに親戚はいますか?

 

大使館員が日本語で聞いてきた。

 

なーんだ、日本語、わかるんじゃん。

最初に言ってよー❣

彼ら、趣味悪いよ。

昼のハリウッド

とにかくこれはもう粛々と進みつづけるしかない。

 

望んだ道とはいえ このあたりから

覚悟がグググッと迫ってきました💦

 

LAの弁護士事務所にスポンサー費用を送金し

そのうちに私のスポンサーの明記された書類が

戻ってきました。

 

ちなみにひとつでも書類に不備があれば

却下となるので毎回手続きにはメチャクチャ神経質(汗)

 

送られてきた私のスポンサーは

LAにある「養老の滝」

居酒屋やん(笑)

日本の養老の滝には行ったこともなかった。

 

あとは犯罪歴がないこととかの証明書。

どうやって取ったかもう忘れてしまった。。。

 

健康診断結果は確かその日のうちに結果をくれました。

でも、封がしてあって開けてはだめとのこと。

この時HIV検査もして

その結果だけはあとで電話で問い合わせるように

言われました。

 

その電話がなぜかたらい回しでね💦

待つ間はドキドキ。

 

子供のころからの「海外で暮らす夢」が

HIV陽性で はかなく散るなんて想像さえ怖い。

陰性と分かった時はほんとに安心。

 

あとは

アメリカ大使館でのインタビューだけ。

 

昼のエンパイヤステートビルの画像

無茶ぶりな国際電話の翌日

朝9時きっかりのお部屋のチャイムが鳴りました

飛び起きて厚めの封筒を受け取りました。

「DHL」

今では普通に見かけるDHLも当時は一般人には珍しかった。

アメリカからの書類であることは一目瞭然。

 

ほーら 当たったから

ちゃんと来た。

 

そこはかとない安心感に包まれて二度寝♡

 

そして起きてからもう一度書類をチェック。

 

申し込み書(スポンサー付き)

健康診断書(含エイズ検査)

※移民局が認める病院でのみ受診、この時は聖路加病院

アメリカ大使館で最終インタビューを受けること

すべてが通ったら一か月以内に移住すること

 

この中でも一か月以内に渡米すること

これはショックだった。

 

これは大変だわ💦

日本のパスポート

当時はネットもスマホもない時代。

情報は 新聞、テレビ、雑誌。

私はとにかく深夜のCNNを見てました。

 

そうしたら やってるではありませんか!

 

「アメリカ移民プログラムが

受け付けられ

郵便局には長蛇の列。

 

当選者には

順次通知が送られています。」

 

良い知らせが入ってそうな素敵なカード

 

へ?

私、どーなってんねん?

当たってるはずなのに

 

通知が来てない!

 

すぐにまたLAの弁護士事務所に国際電話しました。

 

「何万人もの当選者だから

通知が終わるのに

あと一週間くらいはかかります。

まだ当選してないとは限らない」

 

不安というより 解せないという感じ(笑)

 

相変わらず

当たってないと

カケラも思ってない!

お告げが来て 渡米できることは確信できたけど

その知らせがなかなか来ない。

 

そんなときにロス暴動が起きました。

当時、黒人が白人警官に殴られ続け

それがきっかけで暴動になった「ロス暴動」

 

LAのダウンタウンも暴動に荒らされ

日系ホテルもガラスが割られ

板を張り付けて自衛してました。

 

私がお願いしていた移民専門弁護士の事務所は

LAのダウンタウンだったので心配になりました。

渋谷での説明会を主催した日本の弁護士事務所に電話すると

日本で申し込むまでが自分たちの仕事だけれど

当選したあとはLAの事務所の仕事なのでそちらに問い合わせるよう言われました。

 

国際電話をすると 10回ぐらいなったあとに

変な日本語の男性が電話口に出ました。

変な日本語というのは、要は日系人で日本語が片言に近い人。

私は自分が誰で、何の目的で電話し

何を知りたいかを伝えました。

 

その男性は弁護士事務所が入るビルの警備員らしく

 

 

「こっちは沢山の黒人が、みんな棒やら

ピストルやらを持って暴れてる💦

 

すぐそばにも彼らはいるし

私も襲われるかもしれない。

 

私は仕方なくてここで守ってるんだ。

 

あなたにとっては大事なことかもしれないけど

私は生きるか死ぬかだ、

それどころじゃない!

わかったか?」

 

と言われ 「ガシャン………」

まぁ、そりゃそーだわ。

ロサンジェルス暴動の写真

10万円を振り込んで

あとは一度決めた覚悟をどんどん固めていくのみ。

でも、当たるか当たらないかの不安は凄かった。

 

行きたいんだよねー

申し込んだんだよねー

 

そういう私に

当たるといいね

絶対にアメリカの方があなたにあってるよ

 

と元気づけてくれる友もいれば

 

今更 あんな野蛮な国に行く気が知れん

 

と言われたことも…野蛮って(笑)

 

アメリカに住んだ経験がある人は冷たかったな。

だまされてる、とか 世間知らずとか

まあ、アメリカに残りたかったのに帰国は不本意だったから

きっと妬んでたのね💦

 

ずーっと ずーっと ずーっと明けても暮れても

行くんだ…と考えてたら

ある日 ふと降りてきた

当たったって。ちゃんと行けるって。

鳥肌がたった。

 

その時の感覚は今でも忘れない。

ちゃんと わかるんだ。

マンハッタンのブラウンストーンの家

アメリカへ行ったことのない私が

どうして永住権を得られたのか

 

いとも

 

簡単に永住権を手に入れた

 

ように

みえるけれど

 

簡単そうに見えて

実はそれなりに

時間もお金もかかっています。

 

でも一番かかったのは

 

「想い エネルギー」

 

諦めるとか 無理だと思うとか

そんなレベルではなくて

 

「行く」と決めたその思いしかない。

 

だから

悩むとか 考えるとか

そんな次元ではないのです。

 

「行く」しかないから

 

「行くために」調べまくり

「行くために」聞きまくり

 

結局のところ

 

夢も ビジネスも

「やる」と決めた

その覚悟しかない。

 

 

情報は

NYと日本を行ったり来たりしている友達からもらった。

アメリカには移民プログラムがあるよ、という。

 

あとは情報集めにひたすら図書館や本屋へ行き

アメリカへの旅行、留学関係の本を読み漁りました。

 

ですが、移住に関する本はまずなかった💦

それから、新聞も隅々まで読みました。

 

そしたら あったー♡

 

明けても暮れても情報を探してたので

新聞にちっちゃく出てた広告を

見つけた時はもう狂喜乱舞♪

 

 

アメリカ永住権の説明会@渋谷。

日本の弁護士事務所と現地LAの移民専門弁護士事務所が

主催となって説明会を開くというもの。

 

説明会の参加費は無料。

 

この移民プログラムへの申請は毎年先着順でした。

 

移民局からの発表と同時に郵便局に

受付日の消印をもらうために並びます。

 

私は現地で何日も前から郵便局前に

並ぶことはできません。

 

だから、お金を払って誰かに頼むしかなかった

 

流れは

申請(並ぶ)

→申請権利をゲット

→申請書類をもらう

→エイズ検査を含む健康診断書作成

→アメリカ大使館で面接

→合否がわかる

 

申込金は10万、

はずれたら数万お金が戻ってくる。

 

申請権利を得られたら成功報酬としてあと10万はらう。

 

申請にはその年は雇用主(スポンサー)の雇用証明も

必要だった。

(昔は血縁関係の人でも大丈夫だった)

そのスポンサーも別料金で紹介してもらえる

という事でした。

 

ほとんど迷わなかった。

「だまされたら10万円は戻ってこない…」と

思わなかったわけではないです。

でもそんな事、一瞬しか浮かばなかった(笑)

 

不安よりも想いの方が強かったキラキラ

っていうかそもそも

 

「不安の入る余地なし」

 

私はどうしたいのか

どんな人生を歩みたいのか

 

不安を打ち消すのは勇気

勇気は愛からしか生まれない

 

自分の夢や想いを何よりも愛してるから

勇気もでました。

晴れた日の自由の女神像

いや、もうビザはグリーンカード一択!

 

でも どうやって? How?

 

早くも突き当り…

いや、当たってる場合じゃない。

 

結婚するなら

①恋愛結婚 ②偽装結婚

①よりまだ②のほうが叶う確率が高いのが泣けるところ。

 

いくらかかるんだぁ?

当時は確か300万くらいだったと思います。

 

いや、300万払うくらいなら

そもそも渡航費用に回すよ(また泣く)

教会での結婚式画像

 

なんか他に方法がないか聞いて回りました。

 

そしたら あった!

いや、ネットもスマホもない時代によくあったよね。

 

ロット(くじ)で

永住権がもらえたのですよ。

 

アメリカは移民の国なので、

毎年移民プログラムというのがあります。

日系やイタリア系などその人の祖先が

どの国からの移民であるかは

だいたいラストネームでわかります。

 

そして比較的新しい議員は

業績を残そうと

国別移民受け入れ枠を取ろうと

頑張るんです。

 

ですが、中国人や韓国人、フィリピン人は

すでにアメリカ国内に移民としてたくさんいます。

(っていうか、世界中どこにでもいる)

 

なのでそれらの国は

このロットの移民プログラムから除外されます。

 

私が申請した年は、

アジア圏では日本とインドネシアだけが

申請できて、

 

日本人はこれが最後と言われた年でした。

 

で?

それでどうする、私?

アメリカ、

行ったこと、ないんだよ、

私(笑)

 

PS.

いつからかまたこの移民プログラムに

日本人が申請することが可能になってます。

毎年、若干対象国は変わると思われるので

ご興味のあるかたは調べてみてください(^^)